月別アーカイブ: 2014年2月

ジロー先生送別会

ご存じの方も多いと思いますが、清道館会員の野崎次郎さんがこの春より東京へ移転されます。
清道館のみんなで送別会をして盛大にお送りしたいと思います。
ご都合の合う方はふるってご参加ください。

日時;3月24日(月) 17:00~
場所;井上宅(西区新町)
各自一品持ち寄りでお願いします~

ではでは、みなさんの参加をお待ちしています!

井上

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「チョコレート」 井上英作

「チョコレート」

かつてのロック少年だった僕は、若い頃、音楽ばかり聞いていた。音楽そのものが、生活のすべてだといっても過言ではない。そんな僕もすっかり年をとったせいか、殆ど音楽を聞かなくなった。今では、仕事中に営業車で聞くラジオぐらいのものである。

先日、いつものように営業車に乗り、ラジオの電源をつけると、この曲が流れた。家入レオの「チョコレート」である。僕は、この曲を聞き終えると、近くのCDショップに駆け込み、すぐにこのCDを買った。

この曲は、家入レオが中学生の時に体験したバレンタイディーの思い出を綴ったものである。それ自体は、特に目新しくもなくむしろ陳腐なテーマだ。では、なぜこの曲がここまで、僕を魅了したのか?

調べてみるとこの曲は、家入レオが16才の時に製作したもので、その16才当時の声がボーカルテイクとして使用されているらしい。村上春樹によると恋をするのには、最良の年齢というのがあって、それは16才から21才ということだ。もし、そのことが本当だとしたら、まさに恋愛に適した16才の少女が体現した生の「声」がダイレクトに伝わるからではないだろうか?

さらに、この曲における家入の歌詞は、かつての「歌謡曲」を彷彿させるところが多い。
女性シンガーに男のことを「君」と言わせるあたり、往年の太田裕美(松本隆の世界観)を想起させる。またサビでは、臆面もなく「好きよ」と言いきってしまう。かつて「歌謡曲」では、歌詞の中で普通に「好き」という直接的な言葉が多く使われていたように思うが、「J POP」と呼ばれるようになってからは、なぜかこういう表現は、あまり使われなくなった。

圧巻なのは、ラストの部分。
「風に揺れた 赤いリボンが きらめいて 空の彼方 明日に消えた」

家入レオの16才の恋は、好きな男の子にチョコレートを渡すことさえできずに、終わってしまう。「片恋というものこそ常に恋の最高の姿である」といったのは、太宰治であるが、
家入は、そのことをよく分かっていながら、それでも「甘くて苦い」と、恋愛の重層性を
チョコレートを題材に平易な言葉で簡単に表現してしまう。

家入レオ、19才。凄い才能が現れた。今後の彼女に注目していきたい。

2013年度後期審査 対象者、審査料、日程

井上です。

今回の審査につきまして、審査対象者は以下の通りです。

13003 森川祐子 5級審査
13006 佐藤龍彦 5級審査
13008 植田麻衣子 5級審査
13012 岡田充広 5級審査
13015 菱田伊駒 5級審査

審査日程は以下の10回です。
各自、参加可能な日時をすべて井上までお知らせください。
こちらで人数、メンバー等調整し、審査日を折り返しお知らせします。

また、審査を受ける際に、審査料を納めて頂きます。
5級初審査は10,500円学生5,250円です。
(財団法人合気会入会金8,400円+1~5級審査料2,100円)

審査日までの稽古時に、審査願い用紙を書いて、審査料と一緒に提出して頂きますので、各自印鑑(シャチハタでもOK)を用意してきてください。

*朝: 6:30稽古開始、7:30頃より審査、8:30ぐらいまで
*夜: 19:00稽古開始、20:00頃より審査、21:00ぐらいまで

2/27(木)朝
2/27(木)夜
2/28(金)夜
3/6(木)朝
3/6(木)夜
3/7(金)夜
3/10(月)夜
3/11(火)朝
3/11(火)夜
3/20(木)朝

以上です。
井上

「県警対組織暴力」 井上英作

「県警対組織暴力」

時間が経つのは早いもので、もう今年も2月である。今年は、元旦の晩からWOWOWで「仁義なき戦い」特集が組まれたため、「仁義なき戦い」~「その後の仁義なき戦い」まで、合計9作品を観て、さらに「あかんやつら」(@春日太一)を読むという何とも濃い年明けとなった。そこに、追い打ちをかけるように本作「県警対組織暴力」である。
 
 本作を製作した東映は、それまでの「昭和残侠伝」に代表されるような、様式美を追求した任侠映画から一転、飯干晃一の書いたノンフィクションをベースにした実録ヤクザ路線へと舵を切り大成功を収める。その背景には、イタリア系マフィアの抗争を描いた「ゴッドファザー」が大ヒットしたことが関係しているとも言われている。そして、その記念すべき第一作目が、言わずと知れた「仁義なき戦い」である。監督は、深作欣二。脚本は徹底した取材により、深作監督をして、一行も直すところがないと言わしめた笠原和夫。更に、いまだにテレビ番組等でよく引用され、誰でも一度は聞いたことのある音楽を担当したのが津島利章。主演は、本作で一気にスターダムにのし上がった菅原文太。東映は一作目の大ヒットに気を良くしシリーズ化するが、深作×笠原コンビは五作目「仁義なき戦い完結篇」を持って一旦解消することとなる。
 
 前置きが随分長くなったが、その「仁義なき戦い完結篇」から一年後に、「仁義組」が結集して作られたのが、本作「県警対組織暴力」である。本作で、菅原文太はそれまでの角刈りから少し髪を伸ばし、昔気質な刑事・久能を演じる。久能は盟友ヤクザの広谷(松方弘樹)のことを何かと援助する。そこへ、警察官僚の海田(梅宮辰夫)が登場することにより事態は一変する。

ラストシーン、旅館での銃撃戦は、僕には、浅間山荘事件にしか見えなかった。1972年に起きた浅間山荘事件は、戦後突如現れた「若者」というかつて存在しなかったわけの分からない戦後の副産物を、国家権力が根絶した事件だと僕は解釈している。いつまでもこの戦後の副産物に関わっていると、日本は次の段階へ進めない、アメリカからの呪縛から逃れられない、そんな強迫観念に当時日本は囚われていたのではないだろうかと僕は想像する。執拗に、当時テレビで事件の模様を放送したのも、「若者」に敗北感を植え付けるためで、本当の意味での「戦後」を終結させたかったのではないだろうか。

劇中、久能は言う。「戦争が終わり拳銃を撃つことのできる職業は、警察かヤクザしかなかった」と。つまり、久能も広谷も戦後現れた「同じ若者」だったのだが、最後は久能という権力の放つ銃弾により、広谷は死んでしまう。久能たちの戦後は終わったのである。

映画としては、ここで終わらせるかと思いきや、深作監督は、久能の死を持って終わらせることにする。その久能の安堵に満ちた死顔が、僕にはせつなくて仕方なかった。久能の死顔は、それまで殆ど無名に近かった菅原文太が、「仁義なき戦い」で一躍スターとなり、このシリーズを全力でやり終えた満足感と同時に、「仁義なき戦い」という映画史に残る傑作が作られた、奇跡のような時間には、もう二度と巡り合えないという一種の諦観に満ちたものに、僕の眼には映ったからだ。実際、この作品を最後に、「仁義組」が結集することはもう二度となくなってしまう。換言すれば、本作は「仁義なき戦い」へのレクイエムとも言える。

最後に、脚本を担当した笠原和夫は2002年12月にその生涯を終え、その一カ月後深作欣二もあとを追うように亡くなっている。

2/9(日)の後半は剣・杖やります

2/9(日)は前・後半の二部制稽古で、内容は未定でしたが、前半は体術、後半は剣・杖の稽古をします。

剣・杖を持っている人は忘れず持参してください。

持っていない人には、予備の剣・杖の用意があります。

なお、11日は前・後半どちらも体術の稽古を予定しています。

井上