「県警対組織暴力」 井上英作

「県警対組織暴力」

時間が経つのは早いもので、もう今年も2月である。今年は、元旦の晩からWOWOWで「仁義なき戦い」特集が組まれたため、「仁義なき戦い」~「その後の仁義なき戦い」まで、合計9作品を観て、さらに「あかんやつら」(@春日太一)を読むという何とも濃い年明けとなった。そこに、追い打ちをかけるように本作「県警対組織暴力」である。
 
 本作を製作した東映は、それまでの「昭和残侠伝」に代表されるような、様式美を追求した任侠映画から一転、飯干晃一の書いたノンフィクションをベースにした実録ヤクザ路線へと舵を切り大成功を収める。その背景には、イタリア系マフィアの抗争を描いた「ゴッドファザー」が大ヒットしたことが関係しているとも言われている。そして、その記念すべき第一作目が、言わずと知れた「仁義なき戦い」である。監督は、深作欣二。脚本は徹底した取材により、深作監督をして、一行も直すところがないと言わしめた笠原和夫。更に、いまだにテレビ番組等でよく引用され、誰でも一度は聞いたことのある音楽を担当したのが津島利章。主演は、本作で一気にスターダムにのし上がった菅原文太。東映は一作目の大ヒットに気を良くしシリーズ化するが、深作×笠原コンビは五作目「仁義なき戦い完結篇」を持って一旦解消することとなる。
 
 前置きが随分長くなったが、その「仁義なき戦い完結篇」から一年後に、「仁義組」が結集して作られたのが、本作「県警対組織暴力」である。本作で、菅原文太はそれまでの角刈りから少し髪を伸ばし、昔気質な刑事・久能を演じる。久能は盟友ヤクザの広谷(松方弘樹)のことを何かと援助する。そこへ、警察官僚の海田(梅宮辰夫)が登場することにより事態は一変する。

ラストシーン、旅館での銃撃戦は、僕には、浅間山荘事件にしか見えなかった。1972年に起きた浅間山荘事件は、戦後突如現れた「若者」というかつて存在しなかったわけの分からない戦後の副産物を、国家権力が根絶した事件だと僕は解釈している。いつまでもこの戦後の副産物に関わっていると、日本は次の段階へ進めない、アメリカからの呪縛から逃れられない、そんな強迫観念に当時日本は囚われていたのではないだろうかと僕は想像する。執拗に、当時テレビで事件の模様を放送したのも、「若者」に敗北感を植え付けるためで、本当の意味での「戦後」を終結させたかったのではないだろうか。

劇中、久能は言う。「戦争が終わり拳銃を撃つことのできる職業は、警察かヤクザしかなかった」と。つまり、久能も広谷も戦後現れた「同じ若者」だったのだが、最後は久能という権力の放つ銃弾により、広谷は死んでしまう。久能たちの戦後は終わったのである。

映画としては、ここで終わらせるかと思いきや、深作監督は、久能の死を持って終わらせることにする。その久能の安堵に満ちた死顔が、僕にはせつなくて仕方なかった。久能の死顔は、それまで殆ど無名に近かった菅原文太が、「仁義なき戦い」で一躍スターとなり、このシリーズを全力でやり終えた満足感と同時に、「仁義なき戦い」という映画史に残る傑作が作られた、奇跡のような時間には、もう二度と巡り合えないという一種の諦観に満ちたものに、僕の眼には映ったからだ。実際、この作品を最後に、「仁義組」が結集することはもう二度となくなってしまう。換言すれば、本作は「仁義なき戦い」へのレクイエムとも言える。

最後に、脚本を担当した笠原和夫は2002年12月にその生涯を終え、その一カ月後深作欣二もあとを追うように亡くなっている。