私たちの演武会              中野論之(ささの葉合気会)

 私たちの演武会

ささの葉合気会 中野論之

 凱風館の道場の半分を超える面積を、きちんと正座した門人が占めている。ざっと100名。この場所でこれほど人数が多い光景は年に何度も見られるものではないだろう。今日は2014年8月16日、その珍しい機会のひとつ、第3回凱風館・多田塾甲南合気会演武会が行なわれる日だ。もっともいきなり演武を始めるわけではなく、正午から13時半まで稽古をし、14時から演武会が執り行なわれる。
 内田樹先生が来られた。準備体操はなく、呼吸法と呼吸合わせ、呼吸操練と四方斬り、そして六方向の片手取りの転換をする。上級者が大勢いるなか、本日の稽古は逆半身片手取りの基本技をしていく。四方投げや小手返し・入身投げ・呼吸投げなど、一応の手順は覚えているものばかり。なにしろ何度も稽古してきた技だ。それなのにどの技も、取りにしろ受けにしろ自分の身体に硬さがある。なめらかな流れといったものをなかなか感じ取れない。凱風館で参加するものとしては私にとって最も人数が多い中での稽古なので少しは雰囲気に吞まれた面があったかもしれないし、演武のことを無意識に意識して緊張していたのかもしれない。
 こんなとき、私はとりあえず目の前の技に集中する。目を逸らせたい何かを忘れるために、別の〈何か〉へ意識を集めていく。何とかしなくてはと焦るよりもそのほうが状況を好転させる可能性が高いはず。が、これといったよい流れを感じられないまま最後は座技呼吸法をして終了となった。休憩を挟む。食事を摂る人、演武に向けて最後の確認をする人などで道場はいっぱいだ。
 14時前になると全員が再び正座して待機する。道場の半分以上が門人で埋め尽くされているので演武をする空間はさほど広くないと感じる。
 開会の辞のあと、甲南合気会の女性会員による基本技掛かり稽古に始まり、男性と女性の無級者、男性の級の保持者と続いていく。初段演武は4組に分かれ、男性と女性が交互に行なった。落ち着いて淡々と、あるいは悠々と技をかける人、途中で間違えて技をやり直す人もいれば、中には独特の取りや受けで場を沸かす人もいる。それぞれの組ごとの持ち時間は3分で、時間が来ると終了の合図として金属音が鳴らされる。
 演武の前に配られた「演武次第」によると、今回は6つの系列道場の招待演武が行なわれるという。私の所属するささの葉合気会もそのひとつ。ささの葉合気会の招待演武として出るのは篠原拓嗣先生・私(中野)・坂東克則さん・廣田景一さんの計4名となる。事前の打ち合わせの時点で、各々がどの取り手で演武をするかはすでに決めてあった。篠原先生が正面打ち、坂東さんが肩取り、廣田さんが両手取り。私は後ろ両手取りを選んだ。
 実のところ私には、合気道で「これが自分の好きな(得意な)技です」と胸を張れるものが、いまのところ何ひとつない。程度の差はあれ、すべての技が苦手だし難しい。ちなみに手順を覚えているもので、日ごろ稽古をしていながら とりわけ苦手な技といえば四方投げである。そんな状況だから「好きな(得意な)取り手は?」と訊かれても答えるのに迷うけれど、強いて挙げれば正面打ちか後ろ両手取りだろうか。特に後ろ両手取りは、視覚に頼り過ぎるのをやめて受けと一緒に流れに乗ればかなり技をかけやすい。というわけで、なるべく取り手の重ならないほうがよいこともあって今回は後ろ両手取りで演武に臨んだ。
 澄月会・青楓会の招待演武に続き、いよいよ私たちの出番が来た。篠原先生と私は道場の演武する空間の西側へ、坂東さんと廣田さんは東側へ正座する。正面への礼のあと、向き直って互いに礼。最初は両手取りの廣田さんから。受けの側からどんどんかかっていく。篠原先生への天地投げを皮切りに、私には入身なげ、坂東さんには小手返しと技がかかる。と、その次に篠原先生が両手首を摑んだところで廣田さんの動きが止まってしまった。このようなときはいったん受けが離れて仕切り直す場面が多いけれど、篠原先生は離れない。廣田さんの微妙な動きにどこまでも付いていく。膠着状態が破れたのは十秒ほど経過してからだ。何とか小手返しが決まり、さらに四方投げの表と裏をかけて今度は坂東さんに取りが移った。四方投げの表を2回と入身投げ、四方投げの裏、二教の裏と次々に肩取りの技を行なう坂東さん。そして私に取りが回る。後ろ両手取りの四方投げの表と裏、小手返し・入身投げをかけるとき、身体の硬さが少しは薄らいでいた気がする。最後は左半身からの三教の表と決めていた。それを篠原先生にかけて交代する。起き上がった篠原先生と目が合い、頭で考えるより先に吸い込まれるように右手で正面打ちの手刀を打ち込んだ、その瞬間。

 ——どんッ!!!

 と表現するしかないような、肩甲骨から右腕が抜けるのではというほどの強烈な衝撃が飛び込んできた。そのまま激流を流れ去る落ち葉のごとく一気に一教を極められている。これほど強烈な一教は初めてだ。この一教を、私は終生 忘れない。篠原先生の演武は結局これのみであった。元の位置に戻って正座し、正面へ礼、そして互いに礼をしてささの葉合気会の招待演武が終了した。退場しながら〈時間が押していたので先生は1本しか技をかけなかったのではないか、しまったな〉と思ったのだが、「あれは最初から一本締めのつもりだった」と後で篠原先生から伺った。
 私たちの次は少年部の演武、さらに清道館の招待演武と続く。ささの葉は別として、今回の系列道場による演武へ出る師範と門人の全員を知っているのは唯一、ここしかない。今日も午前10時から凱風館へ集合して演武の流れを確認していたと聞いた。道場の後ろのほうから見ていると、みんな落ち着いて丁寧に、ごく自然な流れに乗り、少し貫禄まで感じさせる演武をしている。なにより井上清恵先生が終始にこにこと、本当に嬉しそうな顔をされていたことがとても印象的だった。
 系列道場のすべての演武が終わり、合気杖・二段演武・全剣連杖道形が披露された。そして有段者による自由演武となる。その2人目が篠原先生(受けは甲南合気会およびささの葉合気会会員の大松多永さん)。半身半立ちや二人掛けなどの珍しい取り手をする有段者もいるなかで、正面打ちからの基本技を篠原先生は普段と変わらずかけていく。右半身からの四方投げの表に続いて左半身での同じ技、右半身からの四方投げの裏のあとは半身を替えて再び同じ技。右の正面打ちからの入身投げを今度は左から、右の小手返しを左からもう一度、右からそして左からの内回転投げと進む。右・左、右・左と、交互に半身を差し替える流れは最後まで乱れなかった。ささの葉の稽古で篠原先生の受けを取るのもほとんどは多永さんなので、正座して見ていると何だかいつものささの葉の稽古と変わりない。右から一教の表、左から一教の裏、右から二教の表。左の正面打ちからの二教の裏をちょうど極めたところで合図の音が鳴らされた。〈はい、じゃあ2人一組になってください〉と、そこで篠原先生が言い出しても違和感がないような——ギャラリーの目を引く派手さはなかったけれど、そんな錯覚をさせる演武はこの御二人でなければ なしえなかったのではないかと思う。
 篠原先生の次はPLATFORM合気道王子教室師範・湯浅和海先生の自由演武。受けは行友光さんと私が出た。最初に私が受けを取り、そのあと行友さんと交代する。さらに我々2人が交互に受けを取る掛かり稽古の方式で演武が進む。湯浅先生からは「逆半身片手取りでお願いします」と言われたぐらいで事前に演武の練習はしていないものの、別に特殊な取り手でもないので問題ないと思って臨んだ。ところが いざ演武が始まると、間違って相半身片手取りで摑みに行ってしまったり取りの動きにうまく付いていけなかったりと、私としては散々な出来だった。それでも湯浅先生は慌てずに自身の演武を最後まで続けていたけれど、受けは難しいものだということを改めて痛感した。
 その後は三段・四段のかたによる演武があり、最後は内田先生の総合説明演武となる。最初の挨拶での「あと45分も喋らなきゃいけないんですね」という先生の言葉に笑いが広がった。時計を見ると16時15分頃で、予定よりもずいぶん早く演武が済んでしまったらしい。受けは3人の書生のかたたち。技の実演を交えた内田先生の様々なお話を拝聴する。以下はその中で特に印象に残ったものである(細かい言い回しの違いについてはご容赦ください)。
「みなさんの演武を見て思ったことですが、こういう場では、ふだんの稽古の7割しか力を出せない。普段きちんと稽古している基本の技をする人の演武は出来ていたけれど、いつもは稽古しない技をやろうとする人はうまくいかない場合が多かった。それから、シナリオを自分であらかじめ決めていた人も往々にして破綻していた。それよりも何も決めずに前へ出て、ワァーッとやってしまう人のほうがうまくいったりするんだよね」
「晩年の大先生(開祖・植芝盛平翁)の映像を見ると入身投げをされる姿がとても多い。これは大先生にとって入身投げが非常に大事な技だったからではないか。ラリアートのような動きと違い、合気道の入身投げに転換・回転という手順をわざわざ入れてあるのは、相手と対立的に身体を遣っていては技がうまく出来ないのだと気づかせるためではないか」
「地球上の70億人全員が合気道の稽古をして、全員が合気道の達人になることが僕の夢です」
 また演武会のあとの直会(なおらい)の最中にささの葉のメンバーがそろって内田先生へご挨拶に伺ったときの、次のお話が印象に残った。
「言葉(観念)と身体のあいだにはズレがある。身体はすごく鈍感なので、なかなか変化してくれない。だから言葉を手がかりにして、あるべきところを目指して稽古するといい」
 演武会の締めは清恵先生による閉会の辞。そして参加者全員で集まって記念撮影をする。さあ、これから直会だ。