12/8(火) 阿波座

多田先生の講習会が終わってから1日たって、まだ興奮冷めやらぬ火曜日。
凱風館の朝稽古はあえて行かなかった。
最初に清道館で稽古をしたくて。

体操
骨ストレッチ
剣を振る 中段・下段、上丹田で回す、前後切り、同、手を変えて
呼吸法
足捌き 送る、継ぐ、4番、12番(半身を変えて入る)

両手取り天地投げ、といきたいところだが、まだあの感覚を自分の中で消化できずにいる。
というか、簡単に分析などしたくない。できるわけがないし。

というわけでまずは正面打ち。試したいことあり。

足捌きは、後ろ脚を蹴らない、ということをずっとやっている。
蹴る、と指導されることがあるが、蹴れば必ず「おこり」が出る。
蹴るのではなく、「滑り出す」感じ。
よく使う喩えは、リニアモーターカーのような磁場が畳の上にうっすら張られていて、そのすれすれのところを足が滑る、というやつ。
あくまでも、畳に敷かれた濡れた薄紙が破れてはいけない。
蹴れば、紙は破れる。足の裏の1点に力が集中すれば、そこは破れてしまう。
足の裏全体に均等に圧がかかる。いや足の裏のどこにも圧がかかってはいけないのだ。
これには、体軸が動く感覚が必須だと思う。
体軸を傾けずにまっすぐ、前後左右に、下に駒が付いているように滑る。
つまり体重移動のことだけど、体重移動、というと少し違う気がする。
体軸が移動して前足に乗るか後ろ脚に乗るか。前傾しても後傾してもだめ。
体軸を前足に移動して、前へ思わず滑り出すように足が出る、が送り足。
後ろ脚を前足に寄せた瞬間、前足に体軸が乗り、前足が思わず出る、が継ぎ足。
4番、12番はこの応用、まったく同じ。

正面打ち、足捌き12番で相手の裏に線をはずして、入り身に入る。同化する
切ろうと思ってはいけない、手の重みを乗せる。

正面打ち、表側に線をはずして、反対の手で切り下ろす。
この時の手の取り方、を今から変えようと思う。
今日、正面打ちをやりたかったのは、これをまず稽古したかったからだ。
四方投げの手。相手の手、すなわち剣を持つ手だ。
多田先生の手の取り方が最近変わったらしい、という噂は聞いていた。
最近変わったのか、もともとそうだったのか、とにかく「違うよ」という指摘を、何度か先輩や他道場の同門の方から頂いていたのに、ちゃんと検証してこなかった、すみません)、
講習会の時、原さんがそれをきちんと教えてくださった。
講習会では人も多くて、いまいちわからないまま終わってしまった。

要は、添える方の手が、相手の4本の指を取る、というあれ。
確かに相手の手腕を長く取れるので、小さい人、腕の短い人、肩や肩甲骨が堅い人にも、楽に入れるではないか!
みんなも試して驚いている様子。
家で再度、剣を振って検証。そうか、なるほど剣をそう振っているではないの!
いやあ、目から鱗。
というか、自分が知らなかっただけかもしれない。
無知を恥じ入るばかりである。
原さん、本当にありがとうございます!!!

というわけで今日から四方投げ、ちょっと変わりました。

正面打ち 入り身投げ
受けの相手と入り身してせっかく同化しても、転換したら離れてしまう。
身体の一部が相手にくっついていること。
などと説明するが、みんな腑に落ちない様子。
どう言えば相手と一体になる感じが伝わるのだろう。

正面打ち小手返し。
多田先生が、小手返しは「小さな円をくるっと描くように」、「小さく巻き取るように」という表現をされるが、今までずっとその意味がよくわからなかった。
小さく巻くと、相手の手首をこじる。手首を攻める感じになるような気がしていて、違和感があったからだ。
内田先生が言われる、すぱっと切る、のほうが私にはしっくりきていた。
ところが今日、森川さん小手返し中に突然、あ!と思いついた。
そうか、剣だ。剣を持てばよい。剣を小さく巻くように切る。剣先が描く円が小さいのではない、テコのようにすれば、手元はくるっと小さく巻いても、剣先は大きく回る、「巻く」。これが多田先生の仰る、「小さく円を描いて巻き取る」ではないだろうか。

最後に、両手取り、は置いといて、正面打ちで天地投げ。
とはいえ、正面うちでも両手取りでも理合いは同じ。
多田先生の「天の手」を思い出す。真下に落とされるあの感じ。
手の旋回、角度。後ろ脚の転換。いろいろ試すが、ぜんっぜん違う。

正面打ち一教
裏の時、最初に入る位置がみんな結構ずれてると思う。

正面打ち二教
二教裏は、今まさにOSを変更中であります。
今もできない、わからない技のひとつ。
長くなるので、もう少し試して検証を重ねてから書いてみたいと思います。

このような言い方が不遜であることを恐れず言うと、体格、体重、身長、手足や各パーツの長さ太さ、堅さ柔らかさ、年齢性別、もちろん稽古年数、全てが違うから、誰ひとり同じ技はない。
だから恐らくなんびとも多田先生の技を再現はできない。多田先生の身体に幽霊体離脱して入る以外。
が再現しようという努力は無駄ではないし、試し続けるしかない。
トライ&エラー。
たゆまぬ繰り返しの中で、「身体」がある日気付くのだと思う。
コップに一滴一滴水がたまって、いつかこぼれ出すように。
富士山も一歩一歩登り続ければ、いつか雲の上に顔がでる。
と信じて。