月別アーカイブ: 2016年1月

1/27 中津

白馬でのスキー三昧から戻る。
3日と半日の間、ずっと雪の上にいた。合気道をしなかった。
スキーのレクチャーを受けながら最初は、これは合気道に使える、とか、これって合気道的だ、とか、合気道のことを考えながら滑っていたが、すぐに合気道のことは忘れて、スキーを履いてリフトに乗って、山を登っては滑り降りる。何度も何度もそれだけを繰り返した。
年に数日、合気道のことを完全に忘れる。そういう時間が必要なのかも。
ジョコビッチも、苦戦した前戦の後、錦織との準々決勝の前日は、テニスボールを一回も打たなかった、と言っていたし。

まだ雪面に乗っているような、重心を誤ると後ろへ滑って脚を救われるような、変な感覚が残っている。
3日半もスキー板の下が常に動く雪面に乗り続けていたのだから、感覚が多少変になっても不思議ではない。
雪面とは実にクールで、寡黙で、厳しく時に優しく、自然体で(当たり前だ、自然そのものだし)てらいがなく、気まぐれだが誰にも平等で、相手(私)を査定することはないが常に客観的なジャッジを与えてくれる。もちろん「受け」を作ってはくれず、板を谷に向けた瞬間から待ったのない雪面との格闘が始まる。
雪の斜面を滑り降りるだけのことがどうしてそんなに面白いのかと長年思っていたけど、とにかくできない自分、自分の身体の無能さをひたすら突き付けられて、これでもか、これでもかと、面白いというより、意地になる。

さておき、上手い人のスキーは、実に簡単そうに見える。
見るからに力を使わず楽そうで、急な斜面でも、激しく動いてるようには見えない。
そう見えるだけで、実はものすごくたくさん激しく動いている。
が、全部がたくさん同時に一斉に動くので、全体としてはあんまり動いていないように見えるだけなのだ。
腕だけが動いていて他が動いていないと、腕が動いているのが見てわかる。
どこかの部分だけが動いて、他が止まっていれば、動いているそこだけが目立つ。
当たり前のようだが、つまりそういうことだ。
また当然ながら、部分ではなく全体が動くと、全体で負荷を負担するので、そう見えるだけではなく実際にものすごくラクなのだ。
みんなで仕事を分担するのでひとりひとりの負担が減るということだ。

言ってしまえば簡単に聞こえるが、これが案外難しくて、合気道でもスキーでも四苦八苦している。
難しいのは、いっぺんに全部を「適切に」動かすことはできないということだ。
部分部分でひとつづつ「正しい動き」を繰り返していく。
次に一つから二つ同時に、三つ同時に、最後にたくさんの部分が一斉に、連携して動くようになっていく。
合気道もスキーもそのように、部分から全体へと身体が覚えていく、という過程をたどる。
だから、いきなりできる人(がいる、もちろん)は、いきなり何となくできている場合が殆どなので、どこかで必ず行き詰まる。
行き詰った時には、一旦、全体を部分に解体しなければならない。
できている(つもりの)全体の、一旦すべてをパーツに解体するには勇気がいる。
しかしこれができないと次のステージへは行けないような気がする。
合気道の修行も、この解体と統合の繰り返しなのではないかな。
などということを考えながら、中津。

先週は中途半端に終わった「後ろ両手取り」を引き続き。
パーツパーツに解体して統合していく、を試す。
特に、後ろ両手は初心者には難関のひとつ。

ひとつ気付いたのは、後ろ両手の四方投げ。
非常に間合いが近いを越して狭いので、切り上げるのが大変。入っていく空間が極端に小さいので、どうしてもかついでしまう。
「上丹田に手を付ける」とは、「針の穴を通すように」とは、つまりこういう間合いの四方投げ、その一つが後ろ両手取りの四方投げなんだろうと。

剣を振る 左右持ち手をかえて。
自分から入る
入り身に入る 後ろ手を取らせて下段、代軸は前へ。
入り身投げ
腰の回転 でんでん太鼓
小手返し 目付
四方投げ
一教
内回転三教
十字がらみ投げ

1/21(木)、1/24(日) 代稽古になります

表題のとおり、木曜、日曜は事情あり、井上は稽古できなくなりましたので、すみませんが代稽古といたします。
お知らせが遅くなりたいへん申し訳ありません。

1/21(木)は、清道館門人の最上級者である、佐藤君が指導します。
佐藤君は初段審査を春に迎えます。自分が稽古を主宰し指導することは、本人にとってたいへん大きな勉強になります。
初段に向けて、いい機会なのでやってもらうことにしました。
上級者にはみないつか経験してほしいと思っています。

1/24(日)は、一部は湯浅和海さん(合気道凱風館助教 二段)、二部は高見有加さん(合気道凱風館助教 二段)
に指導をお願いしました。 
二人ともフレッシュで優秀で、ユニークな指導者です。
井上の稽古とはまた違った合気道を体験するのは貴重ですし、よい勉強になると思います。
ぜひ、奮って参加してください。

できればみんなで畳を敷いて、湯浅さんをお迎えしてくださいね。
よろしくお願いします。

いのうえ

1/17 阿波座 二部

一部 剣杖
二部 体術

養動法 身体を前後左右・右回り左回りに揺らし、りんの音の微細な振動に同化する
全身の細胞を緩め水の中に解くようにほぐしていく
僅かな入力に反応することができる、細かく「割れた」状態にしていく

剣に気を通す 響きを使う 半分有声半分無声 無声 剣と同化する 甘みが出る 暖かくなる 手の内の触角が変わる 木の温かみと木目を感じる

剣を振る
腕の力、手首の力ではなく身体の張り、肛門の締めて剣を止める。その瞬間、音のない音を聴き無になる。瞑想的に剣を振るということ。三昧境に入っていくこと。禅。

剣を回す 上丹田で。剣の落ちる線、弧を描く線を邪魔しない。

前後切り 剣を身の幅内で回転させる 剣先を回さない 中段、下段

剣で四方切り


杖に気を通す、同化する、自分の身体の一部に
字を書く
杖を振る 中段 左右
回す、持ち替える 上丹田の前で 左右
突き 左右 肘を上げない 軸回転
避ける 左右
下段に振り下ろして大きく回す 左右
一の杖

初心者体験者がいるので少しずつ

一の杖
この型には合気道の大事な身体運用がたくさん含まれている。
体術のアラ、間違った線、身体のゆがみなどが、杖を振れば何倍にもなって顕れる。
杖、剣も同じく、私たちにそれを教えてくれる先生である。@イェレナ

基本の型 合い合わせ
AB 組杖

毎日のように剣・杖を振っていると、日々感覚が変わっていくのを感じます。

二部
後ろ両手

後ろ脚から動いて自分から相手の手をくぐり正面で出会う
この動きがうちはみんな苦手。
稽古不足は私の責任であり反省する。

後ろ手を取らせる
後ろ手を取らせない

小手返し
入り身投げ
四方投げ
回転して落とす

いろいろやってみるが課題満載。
今週は徹底的に後ろ両手をやります。 

1/15 阿波座

合半身方手取り

剣を振る 毎回の稽古で剣を振る・上丹田で回す・前後切りを中段と下段
下段にとめ手のまま振り下ろすには、足幅を広くして相当腰を落とさないといけない
携刀→帯刀→中段に構える→上段→八双→脇構え→下段→構えを解く→携刀

軸回転 
手腕の軸回転とは、手先から肩甲骨まで一本の軸が通り、その軸を中心に手先から肩甲骨まで全体が回るということ
腰の回転とは、足先膝先の方向まで臍が廻っていないと使えない
それには相当腰を落とすことが肝要と気付く。腰を落とすことで股関節が緩む→より深く回転できる。 
手を使って腰の回転 中心で手を切り上げる 両手と胴体の正中線の関係を変えないこと

12番の脚で、半身を変えて11時と1時の方向に入り身に入る
手は下段に切り相手の手を取りに来る動きを加速させる 「加速させる動きには人は抵抗できない」@内田先生
手は下段・後ろ、身体は前に。
体重は後ろ脚にかかり、前足が浮き足となって自由になるが、後傾せず身体は前に向かっていることが大切。
神道夢想流杖道でもよく出てくるこの脚の動きは、みな脚が居着いて難しいようだ。

裏に歩み足で身体を入れ 相手の手を肩にかついで呼吸投げ

一教と腰の回転
一教からの三教 三教がかかる感覚 肩甲骨と繋がる感覚

1/14 石橋

合半身方手取り

後ろ脚を一歩入り身し手を下段に切って相手の裏に入る
という、合気道の入り身におけるさまざまな取り手の中でも、最もシンプルなこの捌き。
足を入れるのと手を後ろへ払う、が同時で、カウントは「1」。
この一瞬の「機」、時間にしてコンマ数秒は、実に長く、複雑だ。
出会いすれ違い同化する。出会った時にはすでにすれ違って同化している。
もちろんスピードではなく。
多田先生は大先生の「同化力」の凄さについて、再三語られる。
入り身投げの難しさは、大先生が晩年は入り身投げばかり稽古されていた、というエピソードがよく表している。
入り身に入り同化する。この簡単なことが最も難しい。

下段に切って入り身投げ
腰の回転と体重移動の稽古
股関節が柔らかく曲がり腰が落ちないと、腰が完全には回転しないことをみんなの動きを見ていて気付く。
再度、下段に切って入り身投げ

小手返し 相手に手を取らせる、取らせず追わせる の2種
肘を上げない、剣を持つ、剣先を切り下ろす

四方投げ 足を捌き両手刀で切り下ろす
手を取らないことで、腰の回転と正中線と体軸体重のかけ換えに集中してもらう。
四方投げ 手を取って再度。 

一教の、「両手を回す」
一教 手刀を切り下ろすところまで
手を回すのではない、腰を回転する、手が腰の中心にあるのでたまたま一緒に回る、のである。
手と身体(へそ)の中心の関係を変えない。体重移動が連動する。

一教 固めまで
二教裏 巻きつけて剣を相手のへそから外足へ向かってすっと刺す
身体を捻り歩み足からの呼吸投げ 腰を落として回転する。
不安定な歩み足状態を解放して一気に安定する、科学爆発。

終わってから、菱田君が「哲学カフェ」をやっている、おしゃれなカフェにみんなで立ち寄る。
こんな場所にこんな店が!と思わせる、何ともかわいいショコラティエ。ワインも飲める。
へえ、石橋って奥深いな~。来週はこのお店で石橋教室新年会です。
みんな参加してね。

1/13 中津

一週間近く空いて中津。
今週は合半身片手取り。
テーマは「機」
相手に手を取らせる「機」、同期する「機」。
時間的な間と、空間的な間、気持ち、心が向かう間、3つが全てぱっと合う、今ここ、この相手とのこの二度とない瞬間、そういう「機」を捉える。
明日のことは考えない。昨日のことも考えない。
今この時しかない。
今この時に、私と一緒に稽古してくれる人たちが今日も稽古場に来てくれている。
有難いことだ。

入り身の三種類から
 
1 下段で裏へ入り身
2 後ろ脚を捌いて上段で裏へ入り身
3 相手の表へ下段に捌いて入り身

慣れない3つ目でちょっと苦戦。
相手の懐へ入っていくので相当危険だが、手をしっかり捌いて相手をくるりと背中が向くまで回転させる事が肝要。

以上三種類でそれぞれ入り身投げ
三つ目は所謂「ソフトクリーム」と間違う人が多いが、足を転換させずに即入り身投げする。

1、3で小手返し
一教裏表 押し切りと引き切りの時間差と腰の回転が生むキレ
一教からの腕がらみ裏表 相手と自分の腕が痛くない、柔らかい部位を使う腕がらみ
転換して天秤投げ 両手の旋回
座技呼吸法

説明すればするほど、実体感から遠くなる気がする。
言語化するのは本当に難しい。

1/7 石橋

逆半身方手取り

内田先生の朝稽古復習
歩み足で切って入る
入り身投げ
小手返し
一教
四方投げ
呼吸投げ

基本中の基本とも言えるこの5つ。
合気道人生(って大層ですが)の中で、逆半身方手取りのこの5つの技を、トータル一番たくさんやってきたと思う。
内田先生は歩み足、多田先生は継ぎ足でされることが多い。
最近までは歩み足に慣れきっていて、継ぎ足で同じ技をやると違和感があったが、最近清道館で継ぎ足で稽古することが増えてきたら、継ぎ足の方が身体の無駄な回転をすることなく、薄く入り身に入ることができる、というのを、意外にも継ぎ足に慣れている門人が、歩み足で入りにくそうにしているのを見て思った。歩み足の方が当然歩幅に余裕があるので入りやすいだろうという思いこみがあったが、いい悪いではなく、どちらも稽古しなければいけないと思った。

お知らせ

大事なお知らせがあります。

森川さんを昨日、清道館事務局長(仮名)に任命させて頂きました。
たかだか20人ほどの会で、事務局長とは仰々しい名前ではありますが、毎回稽古に皆勤で参加し、私とみんなの間に入って連絡を取ってくれたり、みんなをまとめてくれている母のような存在であり、いつも献身的に事務的なことを買って出てやってくれている森川さんに、正式に役職を任命してお願いすることにしました。
みなさん、これからも森川さんを支え、協力してあげてくださいね。よろしくお願いします。
また同時に、くし野さんには副事務局長(仮名)、田中友希子さんには広報部長(仮名)、をお願いしたいと思います。

実は年頭の鏡開きの席で、みなさんの前で発表する予定だったのですが誰も来なかったので、こういう形で発表させて頂きます。
これからもみなさんで清道館を盛り上げてくださいますよう、どうぞよろしくお願いします。

なお、事務局長、美人事務局長、BJKC、等々、ご本人がただいま名前を検討中ですので、アイデアのある人は森川さんまで!

1/6 中津

年明け初中津

逆半身方手取り

入り身への入り方色々
1歩み足で切って入る 
 手を取らせる前に入る/手をしっかり取らせてから切って入る
2継ぎ足で同じように
3継ぎ足で自分の手の下から切って入る
4転換して下から取って入る
5手を外から絡ませて切って入る

3で入り身投げ
4で入り身投げ
3で小手返し
転換して手刀立ててからの四方投げ
転換して下段に切り下ろしてからの一教
5で切り落とし
3で十字がらみ

明けて木曜朝は凱風館の初稽古
内田先生も初稽古はやっぱり逆半身方手取りだった。
年末からしばらく稽古できなくてうずうずしていた人たちがたくさん来ている。
おめでとうございます、今年もよろしくと、掛り稽古中もあちこちで挨拶が飛び交う。
ラーメンを食べたいと思った時に、食べ終わって満腹になってプは―と言ってる自分を想像はしない。
どの店に行こう、何ラーメンにしよう、目の前に来たら匂いをかいで、さあ何から食べよう、まずはスープを味わい面をすするか。
その想像の過程が「ラーメン食べたい」である。その過程を味わう、楽しむ。
四方投げを楽しみ味わう。楽しいことは時間が立つのが速い。夏休みは短い。
四方投げする数秒間をいつくしみながら、相手と離れるのを惜しみながらやることで、相手は無情に放たれる。逆に早く別れようとすれば遅くなる。

お昼ご飯は迷わず、新梅田食堂街古今亭の鶏塩ラーメン。
あっという間に食べちゃいました。

1/5 稽古初め 阿波座

2016年 稽古初め

逆半身片手取り
六方向転換からの呼吸投げ
一番
二番
三番
四番
(五番は飛ばして)
六番

外回転投げ
四方投げ

新年の初稽古は、逆半身片手取り、いろはのい、から。
芦屋体育館の、多田塾甲南合気会の稽古に、初めて参加した日のことを思い出す。
先輩がひとり付いてくれて、いちばん最初にやったのが逆半身片手取りの入り身投げ、そして四方投げだった。
四方投げを教えてもらっている時に内田先生が傍にやってきて、確かに、「この人はなかなか筋がいいねぇ」と仰った。
この一言で、大きな勘違いをしてこの道に入った。
後日、内田先生は入門したおおよそ誰にでも同じことを言ってるのを目撃し、難しさに悶絶しながら、ああ勘違いだったと思い知る。
あれから11年。勘違いもしてみるもので、ずいぶん遠くに来たもんだと思う。
もちろん、エベレストのやっと裾野あたりで、未だもがいているんですけど。

さておき、逆半身片手取り。
初心者にはこの取り手から教える合気道道場は多いと思う。
確かに基本である。よって全てでもある。

呼吸投げ一番、二番、三番、四番
相手が手を取りに来る。
取りに来る相手の手とその力を「見る」。つまり力と拮抗し、対立的に、投げようとして投げる。
反して、ただ自分の後ろ脚のかかとから、伸ばされた手先へと通り抜ける「気」だけを「見る」。
この二つの違いを試してもらう。当然、「やった感」のない方が正しい。
「やった感」のない方が身体の使い方がより自然で、つまり強い。
理屈で説明され、脳的に理解しようとするより、あくまでも実際に動いた体感で違いを体認する。
その感覚を繰り返し味わうことで、身体がより自然な方を勝手に選択し始める。
といいな。

六方向転換六番で使う、外から巻きつける手。
これ、苦手な人がとても多い。
六番の取り手から転換回転して呼吸投げと、外回転投げ
自分の手と相手の手とが巻き付いて、相手の身体と繋がった長い鞭のように全身がしなる感覚。
うまく巻き付いていないとこれがない。下手すると相手の手が途中で切れてしまう。
指を張って手刀を立てるのではなく、バナナを持つように、受話器を持ってもしもしと言う感じ。
スマホしか知らない若い人には、「受話器」がわからないらしい。えーっ

というわけで、今日も引き続き、逆半身片手取り。

いつでも一人稽古するつもりで、道場に入る。
3年前、内田先生にご訓示いただいた、稽古場をやっていく者として当然の心構えを、今いちど2016年の年頭に確認する。