月別アーカイブ: 2016年1月

お知らせ

大事なお知らせがあります。

森川さんを昨日、清道館事務局長(仮名)に任命させて頂きました。
たかだか20人ほどの会で、事務局長とは仰々しい名前ではありますが、毎回稽古に皆勤で参加し、私とみんなの間に入って連絡を取ってくれたり、みんなをまとめてくれている母のような存在であり、いつも献身的に事務的なことを買って出てやってくれている森川さんに、正式に役職を任命してお願いすることにしました。
みなさん、これからも森川さんを支え、協力してあげてくださいね。よろしくお願いします。
また同時に、くし野さんには副事務局長(仮名)、田中友希子さんには広報部長(仮名)、をお願いしたいと思います。

実は年頭の鏡開きの席で、みなさんの前で発表する予定だったのですが誰も来なかったので、こういう形で発表させて頂きます。
これからもみなさんで清道館を盛り上げてくださいますよう、どうぞよろしくお願いします。

なお、事務局長、美人事務局長、BJKC、等々、ご本人がただいま名前を検討中ですので、アイデアのある人は森川さんまで!

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1/6 中津

年明け初中津

逆半身方手取り

入り身への入り方色々
1歩み足で切って入る 
 手を取らせる前に入る/手をしっかり取らせてから切って入る
2継ぎ足で同じように
3継ぎ足で自分の手の下から切って入る
4転換して下から取って入る
5手を外から絡ませて切って入る

3で入り身投げ
4で入り身投げ
3で小手返し
転換して手刀立ててからの四方投げ
転換して下段に切り下ろしてからの一教
5で切り落とし
3で十字がらみ

明けて木曜朝は凱風館の初稽古
内田先生も初稽古はやっぱり逆半身方手取りだった。
年末からしばらく稽古できなくてうずうずしていた人たちがたくさん来ている。
おめでとうございます、今年もよろしくと、掛り稽古中もあちこちで挨拶が飛び交う。
ラーメンを食べたいと思った時に、食べ終わって満腹になってプは―と言ってる自分を想像はしない。
どの店に行こう、何ラーメンにしよう、目の前に来たら匂いをかいで、さあ何から食べよう、まずはスープを味わい面をすするか。
その想像の過程が「ラーメン食べたい」である。その過程を味わう、楽しむ。
四方投げを楽しみ味わう。楽しいことは時間が立つのが速い。夏休みは短い。
四方投げする数秒間をいつくしみながら、相手と離れるのを惜しみながらやることで、相手は無情に放たれる。逆に早く別れようとすれば遅くなる。

お昼ご飯は迷わず、新梅田食堂街古今亭の鶏塩ラーメン。
あっという間に食べちゃいました。

1/5 稽古初め 阿波座

2016年 稽古初め

逆半身片手取り
六方向転換からの呼吸投げ
一番
二番
三番
四番
(五番は飛ばして)
六番

外回転投げ
四方投げ

新年の初稽古は、逆半身片手取り、いろはのい、から。
芦屋体育館の、多田塾甲南合気会の稽古に、初めて参加した日のことを思い出す。
先輩がひとり付いてくれて、いちばん最初にやったのが逆半身片手取りの入り身投げ、そして四方投げだった。
四方投げを教えてもらっている時に内田先生が傍にやってきて、確かに、「この人はなかなか筋がいいねぇ」と仰った。
この一言で、大きな勘違いをしてこの道に入った。
後日、内田先生は入門したおおよそ誰にでも同じことを言ってるのを目撃し、難しさに悶絶しながら、ああ勘違いだったと思い知る。
あれから11年。勘違いもしてみるもので、ずいぶん遠くに来たもんだと思う。
もちろん、エベレストのやっと裾野あたりで、未だもがいているんですけど。

さておき、逆半身片手取り。
初心者にはこの取り手から教える合気道道場は多いと思う。
確かに基本である。よって全てでもある。

呼吸投げ一番、二番、三番、四番
相手が手を取りに来る。
取りに来る相手の手とその力を「見る」。つまり力と拮抗し、対立的に、投げようとして投げる。
反して、ただ自分の後ろ脚のかかとから、伸ばされた手先へと通り抜ける「気」だけを「見る」。
この二つの違いを試してもらう。当然、「やった感」のない方が正しい。
「やった感」のない方が身体の使い方がより自然で、つまり強い。
理屈で説明され、脳的に理解しようとするより、あくまでも実際に動いた体感で違いを体認する。
その感覚を繰り返し味わうことで、身体がより自然な方を勝手に選択し始める。
といいな。

六方向転換六番で使う、外から巻きつける手。
これ、苦手な人がとても多い。
六番の取り手から転換回転して呼吸投げと、外回転投げ
自分の手と相手の手とが巻き付いて、相手の身体と繋がった長い鞭のように全身がしなる感覚。
うまく巻き付いていないとこれがない。下手すると相手の手が途中で切れてしまう。
指を張って手刀を立てるのではなく、バナナを持つように、受話器を持ってもしもしと言う感じ。
スマホしか知らない若い人には、「受話器」がわからないらしい。えーっ

というわけで、今日も引き続き、逆半身片手取り。

いつでも一人稽古するつもりで、道場に入る。
3年前、内田先生にご訓示いただいた、稽古場をやっていく者として当然の心構えを、今いちど2016年の年頭に確認する。

1/10、11 ス道会→神鍋合気道合宿に変更 参加者募集

1/10、11は、凱風館主催のスキー合宿、「ス道会」を予定されていましたが、今年はご存じのように超暖冬で雪が全然なく、スキーができない事態となりましたので、急遽、内田先生による一泊の合気道合宿となりました。

スキーはnoだけど、合気道なら今からでも参加したい!という方はどうぞ参加してください。
一泊、カニ料理付き、貸切バスで住吉⇔宿往復、費用はトータル2万円程度かと。

行きます!という人は井上までメールください。
詳細は追って連絡します。

井上

2016年 明けました

明けましておめでとうございます。
新年がスタートして早、三日が経ちました。
みなさん、今年もよろしくお願いいたします。

去年の今頃は、どんなことを考えていたんでしょうか。
少なくとも、今のような自分の状況は想像していませんでした。
え?去年と今とどう変わったんですか?と聞かれたら、いや傍目には大して変ってはいないでしょうけど、この一年の間にいろいろな、私にとっては事件(良いことも悪いことも含めて)がありまして、乗り越えたこと、未だ囚われている事、糧となったこと、など、その経過は様々ながら、それらを経て、今の私は一年前とは相当違っている気がしています。自分が変わったのか、周りが変わったのか。
夢中で歩いているうちに期せずして全然違う、知らない道に出た、というのが今の思いです。

きのう清道館別館の新年イベント、シネマポートレートというのがありまして、各自好きな映画のDVDを持ち寄り、ワンシーンを流して何か語る、という企画だったのですが(詳しくはhp「別館」参照)、私は『バグダッド・カフェ』というドイツ映画を取り上げました。
久しぶりにこの映画を観て、自分にとっていい映画というのは、何度観ても発見があるなあと思います。

この映画、ざっくり言うと、住み慣れた世界からはじかれ逃げてきた人間が、新しい土地へ行き、そのコミュニティに受け入れられるようになるまでを描いたものですが、すでにいくつもの映画で繰り返されてきた古いストーリーと言えます。
私の前に矢野さんが発表した『めがね』という映画も同様のテーマであり、特に女性はこういったテーマに非常に共感するところがあるので、どちらの映画も女性に支持されるのでは、というようなことを昨日は映像を流しながら喋ったんですけど、それだけではこの『バグダッド・カフェ』という映画を語るには全然足りなかったように思います。

さっきの話と少し繋がるのですが、「人は変われる」ということ。
「人は変わらない。けど変えることができる」
形容矛盾のようですが、人は生きていれば否応なしに自分を取り巻く環境が変わってしまうことがある、生きていくためにはそれに応じて自分を変える。
その人の本質は変わることはない。けれど生きる技や術を変えることによって、生きにくい環境をもまた良きものに変えていく力が、本来、人には備わっている。
という、人間の本質的な強さについて、この映画は教えてくれるような気がします。

映画の中で、ドイツからやってきた太った女性は行き場がなく、辿り着いた場所に適合しようと努力するうちに、どんどんと変わっていく。主人公を毛嫌いし追い出そうとひどいことばかりしていた黒人女性も、あるちょっとしたきっかけで別人のように変わっていく。二人とも「変わる」という形式をとりながら、実は隠されていた本当の自分に帰っていく。びっくりするような才能とともに、素直で優しい本当の自分を取り戻していくことで、幸せになる。
肌の色も言葉も、コーヒーの味から着る服まで、全てが違う人が全てが違う人を受け入れることの難しさと可能性について、それでもきっとできるはず、という人類への信頼が、この映画に伏流しているような気がします。

どんな世界でもそうですが、合気道をしていても、様々な人と出会います。
今年もまたたくさんの「異人」と出会うでしょう。
それは何も見知らぬ新しい訪問者ばかりではなく、よく見知っていた人が実は自分にとって「異人」だったと気付くこともある。
合気道はそういう「異人」や「見知らぬ世界」とどう同化するか、を稽古していると多田先生は仰る。
武術とは、「違和感」をどう感じて解消していくか、という技術の鍛練に他ならないのでしょう。

清道館に入ってくる新しい人たちは、ある種の不安と勇気を持って門をたたきます。
自分もかつてそうだったことを、自分が浸かっているぬるま湯に慣れてしまうと、つい忘れがちです。

多種多様な人たちが混ざり合い、同化し融合して行く時にこそ、科学反応で爆発が起きて大きなエネルギーが生まれる。
清道館にはすでに面白いことに、色々な人がいますが、またそうやって向こうから門をたたいて来てくれる人がいるからこそ爆発は起こる。
本当にありがたいことです。

大小さまざまな爆発が今年もたくさん起こって、そこで生まれる大きなエネルギーが、この一年にまた私と私とみんなを、予想もしない場所へ連れて行ってくれるはず。
もちろんそのステージは各々違うでしょうが、あれ?今年はこんなところまで来ちゃった、などと来年の今頃、皆で言いあってますようにと願う、2016年の年頭でありました。