ぷろろーぐ

 ブログを始めることにした。今年のお正月に宣言してから、すでに一カ月半が過ぎてしまった。無精にも程がある。

 今回、無精な僕が、ブログを始めようと思ったのには、それなりに理由がある。

 どういうわけ、清道館館長が、稽古に関する記録・感想をまめに投稿するので、その中に、僕の映画や音楽の感想がまぎれるのは、ふさわしくないと思ったことがひとつ。もうひとつは、あるとき、凱風館関係の人と雑談をしていて、映画の話題になった。その話の中で、映画「家族ゲーム」の話をしたところ、その人は、その作品の存在、そして映画監督「森田芳光」のことを知らなかった。僕は、大変ショックを受けた。と同時に、勝手に何か責任感のようなものを感じた。

 僕たちが若い頃、1990年ぐらいまでは、所謂「名画座」と呼ばれる映画館があり、そこでは、「ATG特集」、「ヌーベルバーグ特集」など、何かテーマに沿った映画が常に上映されていた。そこに行けば、自分の知らない世界に出会うことができた。僕は、そこで、寺山修司を知り、トリュフォーと出会うことができたのである。この辺りで言えば、大毎地下劇場(今のアバンザ)、サンケイホール(今のブリーゼ・ブリーゼ)、戎橋劇場(高松伸のあのキリン会館に変貌する前のキリン会館。今はH&Mかな?)などなど。ハリウッド大作を上映するような大箱ではなく、今でいうミニシアターぐらいのキャパで、昼の日中から少ない観客に混じって映画を見る愉悦は、当時の僕には、最高の贅沢だった。

 その頃に比べると、格段に情報量が増え、PCで検索すれば、自分の観たい「ような」作品に出会う確率は、随分高まったように思うが、本当にそうだろうか?少なくとも、僕の場合は、違っていたように思う。僕は、運命論者なので、自分にとって必要なもの、人には必ず絶妙のタイミングで出会えると信じているし、実際にそうなっている。しかし、そのためには、無意識に「出会うべき道」をきちんと整備していたからこそだと思う。つまりは、「場所」が必要なのだ。その「場所」が、若い頃の僕にとっては、大毎地下劇場などの映画館であった。

 先日、旧友からこう言われた。「おまえみたいな奴、まわりにいてない。」

 僕は、何も自慢をしている訳ではない。いい年をして、高橋幸宏のCDを発売日に買い、村上春樹の投稿サイトに投稿したり、そんな様子を見て、なかば呆れながら、発せられた言葉である。しかし、僕は、それでいいと思っている。むしろ、僕が今まで観てきたもの、また、今観たいものを披露することによって、若い人にとってひとつの「場所」になればいいと思っている。それが、ブログを始めた本当の理由である。

                                                                                        井上 英作