2/17 2/18 2/19 諸手

今週は、諸手。

諸手。
相手が両手でがっつり、自分の片方の腕を掴んでくるので、他の取り手より自由が制限される状況からどう動くか。

合気道の稽古は、あえてこの「不自由な状況」を作ることから始まる。

相手がいなければ自由である。
相手がいるから不自由になる。
相手はさまざまな方法で不自由な状況を仕掛けてくる。
意図するしないは別として。

光岡先生によると、
人間が人間以前の動物だった頃はもっと身体は不自由だった。
進化の過程で自由になりすぎた。
現代人はことにその自由さに翻弄されている。
多様性は迷いである。
自由を再度「拘束」し制限することで、再度本来の動きを追体験する。

合気道に於いて「型稽古」が身体運用の訓練になぜ有効かを語っていると思う。
合気道の取り手、相手の腕や肩を掴む、面を打つ、はこの「再拘束」であり、多様性の制限に他ならない。
相手がまずは掴む、打つといったさまざまな制限をかけて来るのに対し、入り身投げ、四方投げといった型、つまり予め決められた「道順」で動く、という「拘束」をかけることにより、そこから自由になる動きを探ることができる。
なんの制限も拘束もない100%自由な状況では、この探りは生まれない。

これは、生きることそのものと同意である。