の・ようなもの のようなもの

 今から5年前、一人の天才が61才という若さでこの世を去った。映画監督「森田芳光」である。

 僕が、初めて森田芳光に出会ったのは、映画「家族ゲーム」である。当時、高校生だった僕は、音楽にどっぷりはまり、四六時中イギリスの「ニューウエーブ」と呼ばれている音楽を聞いていた。その頃の僕にとっては、音楽がすべてで、音楽に勝る芸術は存在しないと思いこんでいた。若いというのは、そういうものだ。ところが、僕はその音楽家たちのインタビュ―を通じて、ヨーロッパの映画の存在を知ることになる。ビィスコンティ、ゴダール、フェリーニなどなど。そのような「芸術映画」を観て、僕は、初めて音楽以外の芸術の存在の大きさに気づかされる。

 18才の年、僕は、「家族ゲーム」に出会う。この作品を通じて、映画の可能性に驚いた。もしかしたら、音楽よりも自由な表現が可能なのでは?そう思い僕は、ドキドキした。この年、森田監督は、33才という若さで、キネマ旬報ベストテン1位を獲得する。しかも、その年は大作が多く、「戦場のメリークリスマス」や、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した「影武者」を押えての堂々の1位である。さらに翌々年には、「それから」で、再度、キネマ旬報ベストテン1位を獲得した。そんな森田監督の長編デビュー作が、「の・ようなもの」である。そして、「の・ようなもの」へのオマージュとして作られたのが「の・ようなもの のようなもの」である。めっきり映画館へ足を運ばなくなったが、先日、なんばパークスシネマでこの作品を観てきた。

 森田監督は、「の・ようなもの」で、いつまでたっても落語が上達しない志ん魚を、デビューしたばかりの自身の分身として描いた。杉山監督は、その志ん魚と自分とを重ね合わせることにより、森田監督との同一化を図ろうとしたが、見事に失敗した。なぜなら、杉山監督にとって森田監督は師匠だからだ。弟子は、いくらがんばっても師匠になることなど、できるわけがない。弟子と師匠との関係は、そのように予め構造化されているのである。弟子は、師匠のその絶対的な存在を前にして、ただ敗北感に打ちひしがれるしかない。しかし、それほどまでに自身の卑小さを知らしめてくれる存在は、師匠以外にはいないのだ。師匠とは、そんな存在である。だから、志ん魚は、師匠の死をきっかけに落語をやめてしまうのだが、仲間に隠れてこっそりと、お墓参りを欠かさない。

 そして、やはり、森田監督は、天才だった。森田監督は、「家族ゲーム」、「それから」、「ハル」などの信じられないような傑作を作ったかと思えば、「海猫」、「模倣犯」などの信じられないような駄作も作った。この振り幅の大きさこそが、森田監督が天才たる所以だろうと思っている。この作品は、森田監督のような作品ではあるが、明らかに何かが違っていた。天才の真似は、到底できない。何が違っているのかは、僕の語彙では、到底説明することなどできないが、あえて言うなら、「センスの良さ」というような凡庸な言葉しか浮かばない。杉山監督は、本作を撮り、改めて師匠森田監督の偉大さに気付かされたのではないかと想像している。

 しかし、いつまでたっても落語の上手くならない志ん魚は、周りの人たちからの要請もあり、もう一度、落語を始める。その姿は杉山監督そのもので、本作で遅いデビューを果たす。そこに、作家「森田芳光」の懐の深さがみてとれる。

 もう二度と「モリタ」の作品が観れなくなると思うと、悲しくて仕方がない。