月別アーカイブ: 2016年3月

半分ひとり旅

「私は旅や冒険が嫌いだ。」と、レヴィ=ストロースは「悲しき熱帯」の書き出しで、こう言い放っている。僕も、まったく同意見で、およそ、旅行というものに興味がない。そんな僕が、半分ひとり旅にでかけた。半分と書いたのは、旅先で、友人家族と合流するからである。その友人とは、てつさんのことで、元々は、僕の嫁さんと、てつさんの嫁さんが友だちで、今から約25年前、僕たちは彼女たちを介して出会った。嫁さんたちは仲がいいのにその彼氏、旦那とは、馬が合わないというのは、世間にはよくある話だが、僕たちは違った。ある時期から、嫁さん抜きで会ったりするようになった。そして、僕たち夫婦は、てつさん一家と、所謂家族ぐるみのつきあいになり、毎年、お正月には、てつ家にお邪魔するというのが、習慣となった。ある年などは、どうしてもお互いの都合が合わず、元旦に伺うこととなり、他の親戚に混じって、一緒に食事をするという、そんな付き合いが今でも続いている。

今年の正月、いつものようにてつ家にお邪魔し、僕は、年末にテレビで観た「宗像大社」のドキュメンタリーの話をしたところ、一気に今回の旅が実現したのである。てつさんは、現在、大分で単身赴任中のため、是非、自分が大分にいる間に実現したいとのことで、3月20日~21日の九州旅行が決まった。嫁さんは、合気道合宿のため参加できず、我が家からは、僕だけの参加となり、半分ひとり旅が実現することになる。

3月20日 4時起床。
外はまだ暗い。眠気を覚ますために、コーヒーを入れ、飲む。朝のコーヒーってどうしてこんなにおいしいんだろう。愛猫三匹に、お別れの挨拶。バイバイ。

5時13分
西大橋発始発の地下鉄に乗り、心斎橋で乗換。こんな時間なのに、駅にはたくさんの人がいる。

6時
新大阪発、新幹線「みずほ」に乗る。三連休ということもあって車内は混雑している。みんなどこにいくんだろう。席に座り、今回の予習のために事前に購入した「宗像大社・古代祭祀の原風景」を読み始めるが、泥のような睡魔に襲われ爆睡。途中、何度か隣に座っていたお姉さんの肘鉄砲攻撃に屈することなく、気が付けば、すでに小倉。僕はよく寝るのである。

8時29分
博多到着。てつさんに電話をかけ、予約しているニッポンレンタカーで落ち合うことに。9時過ぎに、てつさん一家がやってくる。奥さんのかわべ(僕は旧姓のまま今でもそう呼んでいる)、長男のまーくん、次男のあきちゃん。まーくんなどは、生まれて数日後から知っていて、大学生になった彼を見ると、何だか不思議な気がする。レンタカーに乗り、目指すは、「宮地嶽神社」。嵐のCMで有名になったらしいが、テレビを殆ど観ない僕は、もちろんそのCMの存在も知らない。この神社に関しては殆ど期待していなかったのだが、そんな僕の思いを大きく裏切ることになる。

11時過ぎ
宮地嶽神社に到着。車を駐車場にとめ、参道を歩く。この参道が、「ひかりの道」と呼ばれているとのこと。そんな説明を、てつさんから聞き、僕の中で何かが動き始める。あきちゃんに、スマホで方位を確認してもらう。驚いた。なんとこの参道は、真西に設けられていたのである。西の方向には、海が広がっていて、秋分の日、春分の日には、この参道の先に海に沈んでいく夕陽を眺めることができる。一体、何のために、こういう道を作ったのだろう。秋分の日、春分の日というのは、言うまでもなく、昼と夜の長さが同じになる日のことだ。それは、生(=昼)と死(=夜)が、同一になる瞬間とも言える。そこには、生は死を超え、死も生を包み込み、生も死も存在しない。そのことを古代の人たちは、どのようにして知ったのだろう。そんなことを考えながら、参道を登りきると、大きな鳥居があり、僕の考えていたことを後押しするようなものに出くわす。そこには、「本殿跡」と書かれた柵が建てかけてあり、その奥には、樹齢(おそらく)何百年という木が祀られていた。生も死も存在しない空間に存在するのは、ただ「自然」だけということの象徴ではないだろうか。「自然」には、生と死を二分する以前のもっと根源的な「何か」が存在し、そのことに人は、霊性を感じ取っていたのではないだろうか、僕はそんな風に考える。
その後、僕たちは、本殿を通り抜け、一番社の七福神社をスタートに、「奥の宮八社」参りを行う。「一社一社をお参りすれば大願がかなう」という信仰があるらしい。何だかテーマパークみたいで少しテンションが下がるが、三番社の不動神社が僕たちを喜ばせる。何と、そこは、日本一の大きさを誇る、横穴式石室古墳の中に、「お不動様」をお祀りしているそうで、また、この古墳は地下の正倉院と呼ばれ数多くの埋蔵物が発掘されたそうだ。つまり、古代の人のお墓(=古墳)が、そのまま神社になったわけである。このことは、現在、僕の敬愛する中沢新一が、週刊現代で連載している「神社アースダイバー」の思想を、ものの見事に体現しているものである。その思想とは、古層の宗教が眠る地に、現在、神社が存在しているというものだ。この古墳は、代表的な海民のひとつである、安曇氏のものらしく、参道の西側に見える相島が、彼らの拠点だったそうだ。安曇氏は、相島から太陽が昇る方角、東の方向にある小高い山に霊性を感じ取り、そこにお墓を作ったというわけだ。太陽が昇るという生の誕生の線上に死を落とし込んだわけである。死と生が同居している。古代の人の持っていた宗教観とは、どんなものだったのだろう。そんなことを考えながら、松ヶ枝餅を頬張り、相島を見に行くことにする。玄界灘は、荒い海だと聞いていたが、殆ど波のない、風だけが舞っているとても静かな海だった。十二分に宮地嶽神社を堪能した僕たちは今回のメインイベント、「宗像神社」へ移動する。

15時頃
宗像神社へ到着。大きな駐車場が、入口に備わっていて、観光地と化しているような第一印象。二男のあきちゃんを今日中に神戸に帰らせなくてはいけないこと、宿泊地の別府には19時には到着したいことなどを考え合わせると、ここに滞在できるのは、わずか1時間。全体図を眺めて、目的を高宮祭場と決める。高宮祭場は、「宗像三女神の降臨地と伝えられています。沖ノ島と並び我が国の祈りの原形を今に伝える全国でも数少ない古代祭場」と説明されている。本殿の脇にある、高宮祭場入口と書かれているところに入ると、凡庸な言い方だが、空気が一変した。空気の密度が濃くなり、気温が少し低くなったような気がした。祭場は、緩やかな坂を約7分登ったところにあるらしい。てつさんが、僕に話かける。「鳥肌立たない?」。僕は、すでに、全身の鳥肌が立っていたので、静かにうなずく。僕とてつさんは、会えば酒を飲みながら延々とくだらない話をして、いつも笑い転げるのだが、この辺りの感覚が共通しているのを、バカ話をしていても、いつもよく感じる。
そして、祭場に着いた。卑怯な言い方だが、とにかく行って体験してほしい、この感覚を。そこには、何もない。広い空地があり、石が並べられていて、その奥に大きな木が生えている。とても静かだ。周りを囲んだ木が風に揺さぶられる音だけが、かすかに聞こえてくる。この静けさは、雪山に登った時の、それと近いものがあるが、似て非なるもののような気もする。古代の人たちは、わざわざこの場所を選び、祈りをささげていたのだろう。一体、何に?そして、人は、なぜ祈るのか?
神宝館を速攻で鑑賞。以下HPより。「宗像大社収蔵品の中でも中心となる神宝で、昭和29年から三次に亘る学術調査で発掘され、その数は8万点に及びます。4世紀後半から約550年にわたって執り行われた大規模な祭祀は、我が国の形成期より仏教伝来を経て、今日の社殿祭祀へと変遷する過程を示す唯一のものです。出土神宝は、古代における我が国の対外交渉を反映する銅鏡、武器、工具、装身具、馬具、金属製雛形品、滑石製品、土器、貝製品などで質・量ともに他を凌駕し、八万点の出土品すべて国宝に指定されています」。
僕は、このことを年末のドキュメントで知り、今回の旅が実現したのである。この神宝の大半は、神の島と呼ばれ、沖津宮がおまつりされている沖ノ島で発見されている。この島は女人禁制で、一般の人は年一回抽選で行くことができるらしい。来年、是非、行ってみたい。

18時30分
途中、小倉であきちゃんとお別れ。バイバイ。あとで、神戸に着いてから、ツイッターで、彼はこうつぶやいている。「九州旅行、めっちゃ楽しかった。また、このメンバーで行きたいな」。なかなか可愛い奴だ。
今晩の宿、別府温泉「豊山荘」に到着。別府の市街地からは少し離れた場所にあり、裏手には鶴見岳が控えている。湯治の宿らしい。晩ごはんまで、少し時間があるので、温泉へ。いざ、風呂場へ入ると、寒い。本当に寒い。風呂場の上部には、窓ぐらいの大きさの長方形の穴が二か所開いている。ブルブルふるえながら、湯船につかる。湯がぬるい。湯に浸かっていても体は温まらないし、洗い場に出ると更に寒いし、このまま体を洗わずに出ていくのも気持ち悪いし、晩御飯の時間は迫ってくるし、八方塞がりな状況の中、結局、歯をガクガク震わせながら、身体と頭を速攻で洗った。逃げ込むように脱衣場に避難。あったかい。
19時から食事。20時30分には終了することを何度も、おばちゃんから聞かされる。人には、それぞれ事情があるんだろう。
21時より、部屋に戻り、宴会の続き。テレビを見ながら、延々とバカ話に花が咲く。ベッキー問題、清原問題、ショーンK問題、リップスライムがいかに人気があるか…。いい加減眠くなってきたので、11時には、就寝。てつさん家族と僕が、川の字になって一緒に寝る。僕は、一体、誰?

3月21日 7時起床。
旅行と言えば、朝風呂。すでに、てつさんは、風呂に入ったようで、湯加減について聞いてみると、ぬるくないとのこと。おそるおそる湯船に入る。温かい。やはり、温泉はこれでないと。

8時
朝ごはん。旅館の朝ごはんは、本当においしい。僕もてつさんも、ごはんをおかわり。ぺろり。今日は温泉三昧。

10時
明礬温泉。いわゆる泥湯で、ジャッキー・チェンも訪れたことがあるらしい。混浴露天風呂へ直行。地面が、泥状になっていて、お湯も泥そのもの。したがって、お湯の中はまったく見えないので、混浴(といってもゾーンで区切られているが)になっている。人生初めての混浴。連休中ということもあり、若い女の子もたくさんいる。しかし、眼鏡を外しているので、まったく何も見えない。

13時
別府海浜砂場。11時30分に到着するも、混んでいたので、13時頃、入浴(?)。別府湾を眺めながら、温かい砂に埋められるというもの。ここも、砂が少しぬるく、出てきたときには、ガクガク震えていた。

14時
昼食をとるため、「地獄蒸し工房 鉄輪」へ。90分待ち。近くで、レストランを探すも適当なところがなく、車で移動。近くには「ヤング劇場」なる、大衆演劇の小屋がある。別府海浜砂場で砂をかけてくれる砂かけさんは、この劇団員が行っていることが多いらしい。そういえば、僕に砂をかけてくれたおばさんもかたぎの人には見えなかった。子供の頃、父親と通天閣で観た大衆演劇のことを思い出す。結局、焼肉屋へ行くことに。明日の晩も取引先と焼肉、しかも僕は、焼肉があまり好きじゃない。まぁ、そんなことも言ってられない。

17時
別府駅着。てつさんは、名残惜しいようで、「軽くいきましょう」と。近くにある、居酒屋で、日本酒。実は、今回の旅行は、次男もこの春から大学生になるので、最後の家族旅行を計画していたところ、当の本人が、あまり気乗りではなかったらしい。計画が頓挫しかけていたところへ、僕の今回の提案が採用され、僕が来るなら当人も来ると言いだし、家族旅行が実現したとのこと。嬉しくなり、ついついお銚子追加。ベロベロ。

18時20分
別府発、特急ソニックに乗車。てつさんは、次の中津で下車。その後の僕の記憶は、あいまいで、気が付くと、無事に帰宅していた。爆睡。

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杖道合宿

神道夢想流杖道の合宿初参加

杖道は型の稽古である。
きっちりと決められた、剣と杖の間、間合い、すべてが計算されて完成されている。

現代日本に生きていて、誰かが剣を打って攻撃してきて、それに杖で応じる、という場面は100%、ない。
そもそも杖を日常的に持ち歩いたりする人はいない。
それは合気道もしかり。杖道も居合も合気道も、「かた」を通じて自由を制限しながら、自由に使える身体と心の使い方を稽古している。

という内田先生の説明で始まった杖道稽古。
一泊二日、初日4時間、二日目二時間半の稽古だ。
合気道の合宿に比べたら、短い、と思うかもしれない。
が、杖道はこれで充分というか、ある意味合気道の二泊三日より相当ハードだからだ。

まず、要求される集中度が違う。
4時間の間、途中何度か先生が水分補給のブレークが数回入れる以外、絶え間ない集中が要求される。
合気道では、掛り稽古で受けの順番を待っている時など、歓談したり笑いあったり(本来してはいけないんですよ)、自分の技や動きを確認したりする。
二人で組めば、上級者が指導したり、互いにこうでもない、ああでもないと言いあったりする「合間」みないなものがあるが、そんな「合間」は杖道にはない。誰かが止められて、先生に指導されている間に、こそこそっと確認したりする程度、すぐにまた「集中」が始まる。
加えて内田先生は、杖道の指導に於いては合気道の時とは別人のように厳しい。「違う!」の集中打を浴びた時にはもうえらいことになる。
みんなそれが恐ろしくて、間違えないよう正確に、注意されたら直すことに必死になるので、合気道の時のような「遊び」も「余裕」もない。
だから稽古は毎回、短時間でもへとへとになる。肉体的には激しい動きは殆どないのに、頭と心の消耗が合気道の比ではない。

合気道とは違い、自由はない。
自由はないが、身体はどんどん杖剣そのものになっていく。
合気道のような何万という技数はない。
たった12本の「かた」をひたすら繰り返す。
それだけなのに、ほんとうに難しい。
やってもやっても、剣と杖が「そうではない」と言う。

考えてはいけない、ひたすら剣と杖と「かた」が要求する動き、相手との間と間合いに没頭するのだ。
まずは「かた」を完全に身体化し、相手と錬りあえるまでになること。
その先にはきっと、杖道の「自由の地平」が広がっているはずだ。

合気道が上手くなるよ、と先生に言われて始めた(姑息である。基本ぜんぶこれ)杖道であるが、ようやく杖道そのものががぜん面白くなってきた。

3/1阿波座 3/2中津 

実験の続き。
取り手は、逆半身片手取り、正面打ち。

足裏の接地圧力、手刀・腕(ものうち)の接点圧力を徹底的に、消す。

甲野先生のパワーがマックスになる理合の一つに、足裏で蹴らない、がある。
先生の足の下に手を敷いて、先生が動く時、まったく圧がない、というあれ。
これについては清道館では以前より足捌きにおいて、足裏で畳を蹴らない足捌きをずっと稽古している。
送り足、継ぎ足、で後ろ脚を蹴らずに、畳の上すれすれのところを滑り出すように足を出す。
足を出す、ではなく、体軸移動。体重移動ではない、あくまでも体軸の移動ということ。
以前は体重移動と言っていたが、体重は人によって全く異なる。大柄の男子と細身の女子では、もし使える資源が体重だったら、女子には使えない。
植芝守平大先生は、私と同じくらいの身長(155センチ)だったというから、体重も私ぐらいだったに違いない。なので体重ではなく、体軸ではないだろうかというのが、最近の仮説。
体重を移動する、と体軸を移動する、では全く体感が違う。
体重は足裏にかかる。体軸が移動するとき、体軸全体に体重が言わば分散される。

足捌きではやっていたそのことを、技の中で意識してみる。
小手返し。やった感はみごとに、ない。

手や腕(ものうち)の接点圧力を消す。
正面打ちで相手が売ってくる手刀との接点、相手が掴んでくる手の内の締めと掴ませている自分の手の皮膚感覚、全ての圧力が消える方消える方に動く。皮膚感覚がマックスになる。
入り身投げ、四方投げ。
やった感がいかに消えるか、いかに消すか。

やった感を消す、それは即ち、相手をどうこうしようという執着、相手に技がかかったかどうかへの囚われを消すことに繋がるのではないだろうか。
だから結果的に、宇宙の強い力を動員することができるのではないだろうか。

こういうことを書いたり、稽古で試したりしていて、うっかり重要なことを忘れてはいけない。
大事なのは自分を観るということ。
自分の身体と心は、ものや人への執着から外れることができているかどうか。
多田先生はいつもおっしゃる。
集中と傾注の違いを間違ってはいけない。
相手に囚われていないか、技がかかるかどうかに執着していないか。
大きな宇宙の知恵と力が通って命の力が高まる。
技がかかるのはその結果でしかない。もちろん、こざかしいテクニックではなく。
どうすれば自分のささやかで限られた身体資源と能力で、より大きく命の力を高める心と身体を作ることができるか。
という技術を磨いて自分を高めることで、いかに宇宙に貢献できるか。
昨日より今日、今日より明日、亀の歩みではあるが、実現に向けて前進することができますように。

2/27中津 2/28阿波座

甲野先生の京都の講習会のあと、中津に急ぐ
いろいろなものが頭と身体をぐるぐるしていてカオス。
何かががらがらと崩れてふらつくような、あれもこれも早く身体化せねばと逸るような、地に足が着かない気分で電車に乗る。

甲野先生から4月の凱風館の講習会の件でその日の朝電話がかかってきて、今、京都の講習会に向かわれている事を知り急遽参加をお願いした。
電話で、つい3日前の新しいすごい気付きがあったと仰る。4月までは待てない。

甲野先生はあえて私には合気道的な技(一教)に置き換えてそれを説明してくださった。
「(両手を丸く拡げて」これぐらいのものがぼんっと鉛の玉(手のひらで作る大きさ)凝縮する」
というものだが、講習会中、それがすごい力を生むことは甲野先生の技を受けることで体感することはできても、自分で再現することはなかった。
自分の一教なり合気道にどう体現させるかはまだまだ霧の中。

もうひとつは、紐トレを応用したもの。これは分かりやすい。
身体化するにはもっと稽古が要ると思うが、

他にも具体的な確信があった。
甲野先生の周りに集まる人たちにも相当な達人の方がいて、そういう人たちと何度か手を合わせることで貴重な感覚を頂いた。
甲野先生の、足裏の圧力を抜く、接点圧力を抜く

中津に戻り、それをさっそく試してみることに。
門人のみなさんは???だったと思うが、土曜日は少しレアな取り手や上級者向けの稽古、ということにしているので許してもらって私の実験につきあってもらう。(すみません~)

回転と、接点圧力。
難しい。
難しすぎて当面の課題になりそう。
考えて、試して、感じる、をただ無心にやっていこう。

二部は剣。
多田先生の講習会でやった、組太刀。
多田先生はどんどん変わっていかれる。
私にとって、師とは、進化を止めない人だ。

2/24中津 2/25石橋 2/26中津

逆半身片手取り

歩み足で切って裏に入る 入り身投げ・小手返し
送り足で表に入る 入り身投げ・小手返し
呼吸投げ 六方向転換の一番から・四番から
四方投げ 手足を開く、転換
天地投げ上段
足を7時・5時に引いて一教
転換して一教

などなど。入り身投げ、小手返し、四方投げ、一教といった基本的な技を、逆半身片手取りという基本的な取り手で、徹底してやってみた週でした。
審査前こそこういう基本をやる方がよい。審査内容や技の手順にみんなが心を奪われているこの時期に、基本中の基本をやってみる。
けっして意地悪じゃないですから。

が正直じつは、先週のことはもうほとんど覚えていない。
日にちがあくと、具体的に何をやったかという技の種類については即、忘却の彼方。
何の技をやったかを、ここに書きならべる意味はあんまりなくて、備忘録程度のことでしかないから別によいのだが(言い訳)。
というのも、先週の末、甲野先生の京都の講習会以降、何かが音を立てて変わってしまった。
変わるべき方向性がはっきり見えたという方が近いかも。
私自身がまだまだできないことではあるけど、清道館という場所で皆と一緒に試すことができるのは嬉しいし、ありがたいことである。

5月の多田先生広島講習会

こんにちは。
毎年5月に行われます多田宏先生の広島講習会ですが、今年の日程は
4/30(土)~5/1(日) 
ですのでお知らせします。

ゴールデンウィーク中、広島のホテルは大変混みあいます。
清道館ではいくつか部屋を押えています。
参加を予定される方は、森川さんまでお知らせください。

日程以外の詳細についてはまだ連絡がありませんが、おそらく例年どおりと予想されますので、昨年の要綱も記載いたします。
申込受付と参加費徴収につきましては後日改めてお知らせいたします。
なお、参加資格は、5級以上 (4月末時点、凱風館及び系列傘下道場共) です。

■ 日時:4月30日(土) (以下予想)10:00受付 10:30~16:00 講習会
      5月1日(日) (以下予想)10:00受付 10:30~16:00 講習会

(以下、昨年の要綱より)
■ 場所:広島県立総合体育館 武道場(広島市中区基町4-1)

■ 参加費:2日通しで、一般6000円、大学生4000円、高校生2000円(一日のみの場合はそれぞれ半額)、お弁当代800円/一日(希望者のみ、要申込) *申込時に支払い

■ 集合場所:JR広島駅 南出口(市電の停留所がある側)に、9:20 AM 
皆でタクシーで現地まで向かいますが、武道場に自力で直接行って頂いてもOKです。
(交通手段例:新幹線 ひかり491号 新大阪7:35発→広島9:05着、JR新幹線みずほ603号 新大阪7:53発→広島9:14着、JR新幹線のぞみ97号 新大阪7:59発→広島9:19着 )

3/12(土) 大阪研究会稽古演武会につきまして

大阪研究会さまより、3/12(土)に行われます一周年の稽古演武会に招待されましたので、みなで参加したいと思います。
参加できる人は、森川さんに伝えてください。

当日は、11:30に、京阪守口市駅東改札出口に集合(11:12淀屋橋発急行→11:24着)、または
直接行く人は現地にて、12:00までには着替えをすませておいてください。
清道館全員で演武します。初心者も大丈夫、ご心配なく!

守口市立体育館守口市駅から徒歩3分、地下鉄谷町線守口駅からは10分程のようです。
https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%AE%88%E5%8F%A3%E5%B8%82%E9%A7%85/@34.7353663,135.5641336,17z/data=!4m6!1m3!3m2!1s0x6000e1992d05588f:0x5c3915619cf34cb3!2z5a6I5Y-j5biC5rCR5L2T6IKy6aSo!3m1!1s0x0000000000000000:0x0ab11553e5ca2b34

以下、大阪研究会から送られてきた要綱です。

合気道大阪研究会主催 第 1 回多田塾大阪稽古演武会
日程:2016 年3月12日(土)
場所:守口市民体育館 2階武道場(最寄駅守口市駅)
開場:12時00分 開始:12時15分 終了予定:14時30分
演目
12:15~12:30 体操
12:30~13:50 合同稽古(指導:九門季里)
13:55~14:25 演武会
14:25~14:30 清掃
演武会
1.大阪研究会会長演武(九門瑞穂)
2.大阪研究会 男性演武(2組に分かれて演武)
3.大阪研究会 女性演武(1組で演武)
4.合気道凱風館 演武
5.合気道清道館 演武
6.八ッ繁稽古会 演武
7.大阪研究会師範演武(九門季里)
※演武時間は3分弱でよろしくお願いいたします。
稽古演武会後の流れ
守口市駅周辺で茶話会でもできればと考えております。特に予約はしていません。