審査、合宿、ローマ、パリ

一カ月以上、ブログを更新しておらず、各方面から苦情が出始めて、重い腰をやっと上げる。
3月以降、いろいろありすぎて逆に書けなかった、というのは言い訳です、すみません。

審査。
清道館の進級審査をいよいよ自分でやることに。
凱風館の審査人数が半端なく多い上に審査日が少なく集中しすぎて、内田先生からやんわり「そっちはそっちでやってくれ」的な圧力が、ではなくて先生から「自分で審査するのは勉強になるよ」と以前から言われていたから。
凱風館ではなく、しかも私がやるとなると、みんな気を抜くのではないか、という不安があった。
凱風館の大勢の前での内田先生の審査と、実際どう違ったのかはわからない。

どんな状況での審査であれひとつ言えるのは、稽古は決して裏切らないということ。
裏切らないということはつまり、稽古の質と量がそのまま良くも悪くも表面化するということだ。
だがそれは審査を受ける者だけの問題ではない。

合宿での昇段審査のあと、内田先生が仰った。
審査では、教えている側が試される。
つまり審査を受けるみんなを指導している私の方が、私自身の稽古の真価が審査される、ということだ。

そのとおり、進級審査にも昇段審査にも、それははっきり出ていたと思う。
怖いことである。たいへんに重いことである。
なので申し訳ないが、門人たちの審査を「よかった」などと言ってくださるのは他人さんだけなのである。
とにかく進級した者が5名、初段になった者が4名。
自分の門人が初段になることの責任の重さ。
合気道は初段から。初段ぐらいで合気道の何かがわかった、などと思う門人はいないと信じる。
彼らと共に精進していく覚悟を決める。

複雑な思いを抱えたまま、合宿が終わるとすぐにヨーロッパへ。
ローマとパリで、多田先生の講習会。
春に多田先生の欧州での講習会に参加するのは初めてである。
ベルギーのテロ直後、その影響か飛行機が大幅に遅れ、ローマフィウミチーノ空港から講習会会場へタクシーで直行するも、スタートに少し遅れてしまった。
多田先生に手短に挨拶してそのまま逆半身方手取り自由技の掛り稽古、ダニーロのグループに潜り込む。
ローマ校外、ラウレンティーナの古い建物に、200人ぐらい来ているだろうか、見ると知った顔があちらこちらに。
みんな来ている。
稽古しながら目やハンドタッチで挨拶をかわす。
一気にほぐれるものがある。
体操も呼吸法もせず入ったが、投げ、投げられるうちに気持ちも体も一気に集中していく。
多田先生のイタリア語のなつかしい響きに、長時間の飛行機の疲れも忘れてしまう。

今回はローマで3日、パリで2日の多田先生の講習会。
ローマが終わってからパリに移動するまでの4日間、ローマの同門道場をめぐることにした。
多田先生の講習会が素晴らしいのは言うまでもないが、今回はこのローマ道場めぐりが予想以上におもしろかった。
多田先生のイタリアのお弟子さんたちのうち、ローマで稽古場を持っている人たちがとても多い。
入江さんに紹介してもらった道場も含めて、計4か所を毎日ハシゴした。

ディオニーノ先生の合気禅の会(凱風館のキムさんルイジさんがイタリアで通っている)
ルカのテルミニ道場
マルコの万有合気道場
京都入江道場に通っていたマルティナの望(のぞみ)道場
この他にも、ロレンツォやアニエーゼもローマで道場をやっているが、曜日や時間帯が重なって今回は断念した。
なんで来てくれなかったのと言われて誤ったが、次回は絶対に行ってみたい。

というのは、どの道場の稽古もそれぞれにすばらしかったからだ。
上から言うようで恐縮だが、本当にみなさんよく稽古されていると感じた。
独創的に、しかし多田先生のメソッドを実に忠実に研究している。
道場での作法もそれぞれに個性的でおもしろかった。

ことに今回、印象に残ったのは、みんな決して恵まれた条件、恵まれた場所で稽古できているわけではないということ。
我々と同様、みな場所の確保に苦労している。
うるさかったり狭かったり、決してきれいとは言えない場所で、非常にクオリティの高い稽古をしている。
うちなどは大阪市の施設を借りていて、色々と不便や不満もあるが、まだ恵まれていると感じた。

パリの講習会には、昨年の秋よりさらに多くのフランス人が集まっていた。
イタリア人たちはいつものメンバーが、やはり前回より多くローマから移動してきている。
驚いたことにティシエ先生が来られていた。
皆の稽古をじっとご覧になっている事が多く、技をまじえることは叶わなかったが、その存在感はさすがにすごい。
ご挨拶だけしたが、穏やかで気さくな人柄にに多くの人が魅了されるのが分かる気がした。

10日ほど外国に行って稽古しただけで、自分の合気道の何かが変わることなどない。
だが、こう言ってしまうと身も蓋もないが、ただただ楽しかった。
合気道の稽古は本来このように、ただひたすら楽しいはずだ。
その理由を、帰って来てから考え続けている。

佐藤君が私の留守中に代稽古をしてくれて、そのレポートを送ってくれた。
その中に、「互いにリスペクトすることが大事」という言葉があり、はっとした。
弟子に教えられるとはこのことだ。

イタリアでもフランスでも、共通しているのではないかと思うことがある。
稽古が互いのリスペクトに溢れている、ということだ。
少なくとも私自身は彼らからいつも大きな敬意を感じる。
それは、合気道の発祥の地から来た日本人だから、というだけではないと思う。

誤解を恐れずに言うと、もし違いがあるとすれば、稽古する者同士の間にも、段級位や年齢、合気道歴や熟練の度合いに関係なく、敬意を払い合っているような感じが、日本に比べて強い、ということではないだろうか。
いや、特に敬意を払うという意識はないかもしれない。
敬意というより、誰が誰より上とか下といった「序列感」が日本に比べて、良くも悪くもヨーロッパでは希薄なのではないだろうか。
例えば、掛り稽古の順番はいいかげんである。白帯が有段者よりどんどん先に出ても誰も気にしない。
むしろ、白帯に先に出ろと背中を押すような高段者が多いのだ。
また、良い悪いはおいといて、初級の人が技の手順に迷うような場面以外では、上級者が下の人に細かく教える光景を殆ど見たことがない。
意地悪で教えないという感じではもちろんなく、単なる無関心ともとれるが、ちょっと違う。
多田先生の教えを、各人が自分の「研究室」で「実験」するのを、相手が自分より初心者でも、たとえ見かねるほど下手でも、安易に手を出さない、その人の研究を邪魔しない、敬意を持って見守ろうとしている、という感じ。
合気道のみならず、殆どの武道の稽古場で厳密であろう級段位の序列の感覚が、ヨーロッパでは日本ほど厳密に感じられないのは、彼らに儒教的なベースがない故なのだろうか。
もちろん、ヨーロッパには階層的格差が歴然とあることは自明だ。
イエローである我々も含め、肌の色も人種もさまざまだ。
が、普通に海外旅行したら必ず感じるそのような階層的、人種的差別観を、畳の上で感じたことは一度もない。

しかし、それはもしかしたら多田先生の講習会や稽古場においてのみ、なのかもしれない。

そこでは多田先生以外に「先生」はいない。
多田先生に対する絶対的尊敬、その非常に強い縦軸のもとでは、多田先生以外の人はみな同じ、多田先生に合気道を学ぶ生徒でしかない。
多田先生の前では、段級位の上下、合気道歴の違い、上手い下手、年齢や性別の違い、あらゆる階層差がすべて一瞬でフラットになる。
多田先生の、圧倒的な場を主宰する力のなせる技。

多田先生は、合気道は「先の先」と仰る。
稽古では自分が場を主宰し、相手と対等になってはいけないと。
それは、相手より自分が上か下か、という意味の対等ではない。
人として上か下か、級段位が上か下か、相手より自分が上手いか下手か、ではない。

自分が場を主宰する。随所に主となる。
とは、リスペクトにおいて自分が先手を打つことである、とも解釈できないだろうか。
リスペクトされればするのが人情である。
こちらが先に敬意を払う。
相手に敬意を払ってもらったら払う、ではない。
リスペクトにおいて「先の先」を取る。
少なくとも私はイタリアやフランスで、彼らに先に敬意を払われた。
そう感じるのは、ラスペチアやパリの講習会に行ったことのある方は頷いてもらえると思うが、私だけではないはずだ。
「先の先」を完全に取られたのだ。
まんまと乗せられて、だから彼らとの稽古が楽しくて仕方ない。
日本でも稽古はできるのに、旅費と時間をかけてわざわざヨーロッパまで稽古しにいく。
その理由のひとつが少しわかった。
同時に自分の課題もみつかった。

誤解していただきたくないのだが、決して日本での稽古が楽しくないわけでない。
ただ合気道の稽古をするために懲りずに出掛けていく自分に呆れてもいる。
その理由を少々自己分析したまでである。
また、上級者が指導することを否定しているわけではない。教えることは上級者の義務。
教えてもらえることがどれだけありがたいか、凱風館で教えてくださる先輩が少なくなって、そのありがたさを自分は誰よりも痛感している。
あくまでも、どうすれば稽古場がより生産的にな学びの場になるか、誰もが「楽しくて仕方ない」ような稽古場をどうすれば主宰できるか。
清道館をそういう場にしたい。そのための試行錯誤をやめることはない。
そのためになら、どこへでも出かけて稽古しにいく。
よいと思ったらなんでも取り入れる。
それを教えてくださったのはほかでもない、内田先生であり、多田先生である。