三年がたちました

清道館を始めてから、3年がたちました。
3年前の4月4日、道場開きの日には、40人もの凱風館の方々が集まってくださいました。
みなさん、ありがとうございました。
おかげさまで本日まで3年、続けることができました。
この場を借りまして、立ち上げ当初より変わらず応援してくださるみなさまに、心より御礼申し上げます。

 

無我夢中、あっという間の3年であった。
当然、簡単ではなかった。
正直、辛い時期もあったが、とにかく続けることができた。

石の上にも三年という。

3年前は、何をどう教えていいのか、右も左もわからない手探り状態。
毎回、稽古の計画をシミュレーションしてから稽古場に行かないと、不安でしかたなかった。
私の不安は、きっと門人や、手伝いに来てくれた凱風館の人たちにも伝わっていたに違いない。

今でももちろん、不安がないわけではない。
稽古前には下準備として今日は何をしようか、ある程度考える。
が、この「ある程度」というのが「みそ」だということが、だんだんわかってきた。
「ある程度」考えておいて、あとは思い切って現場の自分に任せる。
がちがちに計画してからより、出たとこ勝負の方が面白いことが起こる。
内田先生もその日その場で思いつくことをやるほうが面白いと仰っていたが、
その日来ているメンバーの顔を見て、予定していたことはだいたい変わる。
初心者の比率にもよるが、それだけではない。
私と、その日畳の上にいる人たちで作る「場」は一期一会。
その日その時生成される「場」が私を動かす、とでもいおうか。

稽古が始まって、体操して呼吸法をして、心身に気が通り始めると、頭もまわり始めるのか、ふと思いつく。
時には、ぽんぽん思いつくこともある。
この、その場で思いつく「ぽん」に時々「ヒット」が出る。そういう日の稽古は自分でも面白かったと思える。
「技はその都度作られる」、とは多田先生が仰ることだが、そんなことは三年前の自分にはなかった。

この3月の合宿での清道館の初段審査の総評を、宴会の席で皆と一緒に、内田先生にお尋ねした。
先生は清道館のみんなを前に
「清恵さんは君たちのおかげで合気道が上手くなった。僕の弟子の井上清恵さんを育ててくれてありがとう。」
と仰った。びっくりした。
つくづく思う、内田先生の弟子でよかったと。

先生の仰る通り。
もし私が3年前より少しでも上手くなっているとしたら、それは私のところに入門し、指導をさせてくれた門人たちのおかげである。
教える、という立場ではあるが、実は私の方が教えてもらい、育ててもらっていたのだ。

前も書いたが、教えると上手くなるよと内田先生に言われて、ただ自分が上手くなりたくて清道館を始めた。
3年たった今はちょっと違う。
今は、どうして合気道をやっているんですかと問われたら、みんなと一緒に上手くなっていきたいからだと答える。
私の成長なくして彼らの成長はないし、彼らの成長なくして私の成長もないのだ。

とはいえ、それはあくまでも稽古の結果。
面白いと思って稽古を続けていけば、石の上にも3年。
とにかく稽古を面白がって続けていれば、おのずと身体は変わっていくはず。

楽しくなくては意味がない。
この間までできなかったことが今日少しでもできれば、稽古は楽しい。
三歩進んで二歩下がる。
それぞれのペースでよい。

合気道はひとりではできない。ひとりで上手くなっても仕方がない。
みんなで合気道が上手くなって、みんなで稽古が楽しくなる。
清道館がそういう場所になってほしいと思う。

3年たって、ひとり、またひとりと合気道にはまる人が増えてきて、清道館は少しずつそういう場所になりつつあると感じている。
そしてそれは、内田先生はじめ、清道館を応援して下さる方々のおかげである。
凱風館で、多田塾で、共に稽古してくれる、厳しくも暖かい先輩や後輩のみなさんのおかげである。
清道館を5年、10年と繋いでいくことでみなさんに報いていければと思う。