「無欲の勝利」  清道館 森川 祐子

無欲の勝利
                          清道館 森川 祐子
 
 このあいだ、こけた。水曜の朝に、松本さんのリハビリに向かう途中、四天王寺さんの塀と民家に挟まれた路地で、こけた。「なんで?」「どこで?」と聞かれても、「歳やから」「段差のない舗装した道で」としか答え様のないこけ方で、『あ〜、私、このままこけんねやろか〜(ボッテ〜〜ン)』とスローモーションを見ているようだった。
 幸い、誰も見てなかった。「痛いよぉ〜痛いよぉ〜」と一人ごちながら、地下鉄の駅に急ぎ、南千里でいつもの様にリハビリして、スタバでお茶飲んで、ご飯の買い物して家まで帰ったら、今度は「か、鍵がない!!」井上先生から電話が入ってるし、家に帰らないと分からへん事やし、でも、か、鍵がない!! 扉の前にかばんから全ての物を放り出しても、やっぱりない! 仕方がないので、最近1階の建築事務所で勤める長女に「鍵、ないねん」と言って借り、やっと家に入り、そして立ち回り先に電話して探してもらったが、どこにもない。その時、ひょっとしたらこけた時に?と思ったけど、まずは夕食の用意をしないとお稽古に行けないので、ええ加減にこしらえて、家を出たのはもう3時を過ぎていた。
 半分以上あきらめながらこけた現場に行き、目を皿の様にして歩いたら、なんと、あったんですよねぇ〜。民家の裏戸の前に並んだ鉢植えに渡した板の上に、それは置いてあった。その時も誰もいなかったけど、四方に向かって「ありがとう〜ありがとう〜」と頭を下げて、お稽古に(すでに遅刻していた)走った。るん!
 走りながら、あることを思い出していた。朝こけたあと、地下鉄の駅まで急いでいたとき、バス通りにウィンドブレーカーが落ちているのが目に入り、次から次からやってくる車にひかれてボロボロになったそのウィンドブレーカーの映像が頭に浮かび・・・いや、違うな、ほんの2、3分前に同じ様に地面に這いつくばっていた自分の姿を見る思いだったのかも知れない・・・一旦通り過ぎたものの、又戻って、車道まで出てそれを拾い上げ、車道と歩道を区切るポールの上に掛けて避難させたっけ。あれがあったからかも知れん。誰かがおんなじように私の鍵を拾い上げてくれたんだ。でも、何か見返りを期待してやった事ではないし、何かにつけて因縁づけるのは嫌いなので(嫌いというより、それに引っ張られるのが怖くて)、無欲の勝利っちゅうのかな、と思っている。
 
 そうして芋づる式に思い出したことがある。先日、凱風館の老松を描いた山本さんの個展を見るために夫と一緒にミラノへ行った。その帰りのミラノ発イスタンブール行きの便が、ひとりのおっさんのせいで2時間遅れ、関空行きに乗り継ぎできなかった。夜中のアタチュルク空港のカウンターで「あしたの同じ時間に変更です」と、まるで遠い昔から決まっていた様に言われ、トランジットなのでショルダーバッグのみ持ってイスタンブール市内のチンケなホテルまで送られた私たち。部屋に入り落ち着いて、ほぼ同時にお互いのバッグから「これ、入れててよかったわぁ〜」と取り出したのは、日本のスーパーの袋に包んだパ◯ツだった。
 実は、夫は日本を出る前日から下痢で、行きのトランジットの際アタチュルク空港のトイレが混んでいてエラい目にあっており、ほぼ回復はしていたけれどもしもの時のために手荷物にそれをひそませていたらしい。私は私で、ミラノを発つ前日から下痢気味。夫の惨状を見ていたので、そっとそれをショルダーバッグに忍ばせていたのだ。
 夫はその時、「おかあまでそんなもん持ってくるから、こんなことになったんや」と言った。「はぁ? 私のせいですか!」一日余分に遊べてラッキー!と思い始めていた私だったが、結構なんでも因縁づける夫に腹が立って、しばらく言い合ったが、もう夜中の2時でお互い疲れ切っており、シャワーも浴びずに寝こけた。
 でも、翌日の朝シャワーを浴び、清潔な◯ン◯に着替えたころには、二人とも遊ぶ気満々。ブルーモスクとアヤソフィアと地下のメデューサ見て、フェリーでアジア側へ渡って又戻って、絶品鯖サンド食べて・・イスタンブールの余分な一日を満喫して夜12時の便にて帰国の途に着いた。
 なんにも狙ったわけではないけど、たまたま一日存分に遊び、しかも清潔な下着で気持ちよくて!!これを無欲の勝利と言わずして何と言う?!

 合気道も・・・とここで、無理くり合気道につなげようとするわけですが・・・何かしてやろう、とか、こうしたら、ああなるんちがう?とか企むとだめで、無欲で三昧の境地に入ったら、技が湧出するようになるんですよね、きっと。そうなりたいと思っております、はい!