「傷だらけの天使」(2017年3月1日 井上英作)

おそらく、一番、繰り返し観ているドラマである。そのドラマとは、「傷だらけの天使」のことだ。主演は、ショーケンこと萩原健一、水谷豊、岸田森、岸田今日子という個性的な俳優が脇を固めている。特に、ショーケンが好きなわけでもなく、水谷豊の熱烈なフアンでないにも関わらず再放送があると、必ずと言っていいぐらい、このドラマを繰り返し観ている。

このドラマは、1974年、つまり僕が9才の時に日本テレビ(10CH)で土曜日の22時から放映されていた。その頃の僕は、夜更かしをしたくてたまらなく、毎日のように親から早く寝るように言われては、親に隠れてこっそりと「プレイガール」を観ていたのだが、なぜか土曜日の夜に限っては、親は寛大だった。土曜日の夜のテレビのラインナップは、19時半「仮面ライダー」、20時「8時だよ!全員集合」、21時「Gメン75」と夢のようなものだった。そして22時からは「傷だらけの天使」である。

このドラマは、いまでもたくさんの記号が伝説となり、後世に伝えられている。まずは、あまりにも有名な、オープニングのシーン。井上堯之の軽快な音楽をバックに、ヘッドフォンをしながらゴーグルを付けて寝ていたショーケンが、朝、目覚めて、朝食を摂る。新聞紙をナプキン代わりに首からぶらさげ、トマトを丸ごと頬張り、牛乳瓶の先っぽを器用に吸い出して紙蓋をあけ、そして最後は、「これ」を食べる。こどもの僕には、「これ」が何なのか、さっぱりわからなかった。ようやく大人になって、これがコンビーフだということを知る。

次に、何と言ってもいつも髪をリーゼントで決めている水谷豊の存在。若い人たちにとっての水谷豊は、おそらく、ドラマ「相棒」の杉下右京だろうが、僕にとっての水谷豊は、映画「青春の殺人者」、ドラマ「俺たちの勲章」で演じた孤独な殺人犯でしかなく、この作品では、ショーケンに対していつも「アニキ~」と甘えるダメな男の役を見事に演じた。

それ以外にも、ショーケンのファッションを提供した「BIGI」の洋服、岸田今日子扮する綾部の事務所でいつもレコードプレーヤーから流れる不気味な曲「マヅルカ」(寺山修司作のNHKドラマにBGMとして使われていたらしい!!)、岸田森のカツラなど、あげればきりがない。

では、なぜ、僕はこのドラマを飽きもせず、繰り返し観るのだろうか?その理由が、僕自身にもよくわからなかった。しかし、ラカンの言葉にあるように「問いが発せられた瞬間に、すでにその答えは用意されている」のである。それは、この問いについて考え始めた途端に、答えらしきものがみつかったからだ。それは、ほんの偶然(=必然)によるものだった。

先日、この「問い」のことをぼんやりと考えながら、なにげにPCを観ていると、尊敬する映画評論家、町山智浩の「映画塾」というサイトを見つけた。そこで、映画「仁義なき戦い」について、いつもはニコニコしながら語る町山が、このときは珍しく熱く解説をしていた。町山によると、この映画は、政治の映画だそうだ。さらに町山は続ける。社会に出ると、金子信雄扮するダメな親分「山守」のような本当の「悪」が存在し、その「悪」の前にたくさんのものが失われていくことを、この映画は描いているということだった。町山は、サラリーマン経験があるそうで、そのときの経験談によると、彼は骨身を削り、一生懸命仕事をしながら、目の前の「悪」(=上司や会社)と戦ってきたが、その悪を結局倒すことができず、会社を辞めたそうだ。

僕は、この解説を聞き、目の前が急に明るくなったような気がした。

このドラマの設定では、修は中卒、亨は小卒である。大学進学率が上昇していくなかで、この二人の学歴の設定は、こどもだった僕でも違和感を覚えた。また、二人が住んでいるビルの屋上のペントハウスのようなプレハブも、近代化していく東京の高層ビルが立ち並ぶまわりの風景になじまない。さらに、このドラマは、どこか時代に取り残されたような人物がゲストとして登場し、そして、彼らはやがて消えていく。第7話「金庫破りに赤いバラを」で、川口昌は殺され、第10話「自動車泥棒にラブソングを」で、小松政男は逮捕される。第12話で、修は辰巳(岸田森)にこう言い放つ。「約束を守って死んでいった男の気持ちが、おまえには、わからないだろう!!」「あぁ、わからんね。バカな奴だ」。修は、そう言い放つ辰巳の胸ぐらをつかみ、顔をにらみつける。主人公の修(ショーケン)と亨(水谷豊)は、時代に取り残されようとしながらも、必死で動かしがたい「大きなもの」(時代、権力、悪…)に抗いながら懸命に生きている。このドラマが放映された1974年というのは、僕は実質的に戦争が終わった年だと思っている。戦後処理をめぐり、安保闘争に敗れた多くの若者の命が失われ、そして世界とつながった日本はオイルショックにより大きく傷つく。そこには、戦争に負けたかつての日本はいなかった。時代は、大きく変わり始めていたのである。

僕が、このドラマをこの年になっても繰り返し見るのは、僕の中にある、いつまでたっても消えない「こども」の部分をくすぐられるからではないだろうか。

今、BS12、火曜~金曜、夜の9時から何度目かの再放送が放送されている。今晩も、酒を飲みながら、修や亨に会えるのを楽しみにしている。

 

 

 

 

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