「ヤンキーがいっぱい」(@井上英作)

「その傾向」は、子供のときから確かに存在した。幼稚園に通っていたころ、工作の時間に、僕たちだけ、工作をせずに、お互いの顔に糊を塗りたくり、はしゃいだりしていた。卒園時に、「もっとも心配な子供だった」と当時の教師が、母親に漏らしていたことを、僕は、大人になってから知る。小学生のころは、まわりの子供たちが熱中していた野球のことが大嫌いだった。中学生から大学生にかけては、イギリスのロックを聞きまくり、「変な」映画をたくさん観た。大学生の時、合コンで、女の子に「趣味は?」と聞かれた。自分の音楽の趣味が偏っていることは自覚していたので、僕は、「映画」と答えた。以下、そのときの会話。「トップガン観た?」「観ていない」「じゃあ、ハスラー2は?」「観ていない」「え~、観てないのぉ。じゃあ、最近何観たか教えて?」「死霊のはらわた」「…」。社会人になってから、同業種の宴会があった。その当時、世間では、宮崎勤の事件で持ち切りだった。特に、宮崎の部屋から押収された大量のビデオとその内容に世間は驚愕した。当然のように、その宴会でもその事件が、酒のアテとなった。僕は、酔っぱらっていたこともあり、ぽろっと、宮崎の部屋から押収されたスプラッター映画「ギニーピッグ」を自分も観たと、漏らしてしまった。場が凍りついた。翌日から、僕は「ヤバイ奴」という烙印を押されてしまった。このように、僕は、物心ついてから、何か世界に対して居心地の悪さを感じてきた。若いころは、その居心地の悪さは、「世の中は、バカばかりだ」と虚勢を張っていたのだが、ある年齢に達したとき、「そうか、自分は、やはり少し変わった奴なんだ」と、ほぼ諦めに近いような境地に至ることになってしまった。

一方で、僕は、昔からヤンキーが大嫌いだった。特に、僕らの世代は、ヤンキー全盛で、僕は、不思議とよく絡まれた。絡まれた経験のない人のために、簡単にそのシーンを再現すると、このような感じ。阪急三番街の急に人気の少なくなるようなゾーンで彼らは、獲物を待ち構えている。普通に歩いていると、後方から、急に親しげに肩を組んでくる輩が登場する。ヤンキーである。「おい!ちょっとこっち来いや」とメンチを切られ、非常階段口のような、さらに人気のいない場所へと連れ去られる。「金、出せ!!」「ない」「嘘つけぇ!!」「ない」。内心、僕は怖かったのだが、その怖さを上手く表現することができず、相手を白けさせてしまうことが多く、特に、大きな被害を被ることもなかった。僕の幼馴染などは、更に卓越した技術を発揮する。「やるんかぇ!!おぅ!」とすごまれても、「何をですか?」という超絶話法で、ピンチを切り抜けたりしてきた。しかし、この世には、ヤンキーは、ごまんといて、僕が嫌えば嫌うほど、周りに常に、彼らは存在した。そして、彼らを観察するうちに、共通した傾向があることに僕は気づいた。以下に、その傾向を列挙する。異常に仲間意識、地元意識が強い。すべての趣味が悪い。特に、音楽の好きな僕には、耐えられないセンスで、意外に彼らは、しんみりとしたバラードを好む。思い込みが激しく、人の意見に耳を傾けない。そして、マザコンで、女々しい。

この二つのことが、ある本をきっかけに、パズルのピースがかちんと合わさるように結びついた。「世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析」という本である。著者は、斎藤環という人で、「引きこもり」の研究者として有名な医学博士だ。僕の観察による結果については、細かく斎藤先生が分析しているので、ここでは省略する。それにしても、である。この本のなかで紹介される人とたちは、すべてと言っていいぐらい、見事なまでに僕にとって苦手な人たちで、そこに伏流しているのが、彼らの持っているヤンキー性ということに、目からうろこが落ちた。橋下徹、木村拓哉、エグザイル、相田みつお…etc。そして、「世の中の9割はヤンキーとファンシーでできている」(@根本敬)そうだ。もし、それが、本当だとしたら、僕がこの世界に対して抱いていた「心地悪さ」への説明がつく。さらに、このヤンキー性を通して、斎藤は、この本を、古典「アメリカの反知世主義」(@ホフスタッター)に倣い「日本の反知性主義」を目指したらしい。

さらに、斎藤は、こうも言っている。

「教養がないというのは、恐ろしいもので、放射能も気合いを入れれば何とかなるなどと言う発想で原発再稼働などをやられたのでは、たまったものではありません。自由と権利には責任と義務が伴うなどというフレーズも、いつの時代だったか自民党の政治家が言い出したことで、民主主義やわが国憲法の立憲主義とはズレた発想です。こういうヤンキの風潮が勢いをつけると、いろいろと世の中を動揺させるような言動が出てきますから、私たちは冷静に、近代民主主義がどのように発達し、これからどのような未来を切り開くべきか、よく考えたいものでございます。」

(季刊「SIGHT」(2013SPRING P71「自民党は、保守というよりヤンキー政党である」)

この本一冊のおかげで、今まで悶々としていたことが、自分のなかで少しずつ瓦解していくのが分かる。

広告