【七日間ブックカバーチャレンジ最終 @井上英作】

「七日間ブックカバーチャレンジ」もとうとう最後となった。中島らも、石井隆、橋本治、こだま和文、中沢新一、村上龍と続き、トリにどの本を選ぼうか、随分迷ったが、五月ということで、追悼の意味も込めて寺山修司にした。それにしても、我ながら、随分偏った選択だなと思う。

まだ、タモリが黒い眼帯をして、中洲産業大学教授と名乗っていたころ、東北弁で話す知識人の真似をしているのをテレビでよく見かけた。寺山修司のモノマネだった。小学生高学年ごろだったと記憶している。それから僕は、イギリスのニューウェーブという音楽にどっぷりとはまり、それらの音楽がきっかけでヌーベルバーグの映画を観るようになる。そんなころ、深夜テレビで、海外で評価されている劇団「天井桟敷」の稽古風景の映像を観た。確か、フランスの国際演劇祭に招待されたことについての報告だったとように思う。その映像には、全身白塗りの男や、20㎝ぐらいの大きさのフェイクの唇を口に上下に装着した女優たちを、ニヤニヤしながら指導している男の姿がとても印象的だった。その映像は、ヌーベルバーグの映画批評でよく登場する「前衛」ということばを、具現化したものだった。その指導しているのが寺山修司だった。それから数年後、1983年、僕がまだ17才のころ、寺山はわずか48才という若さでこの世を去ることになる。彼の死をきっかけに、映画監督として有名だった寺山の作品が、彼の亡くなった五月に名画座を中心によく特集が組まれた。インターネットなどなかったそのころ、僕は、「Lmagazine」の映画の上映情報をくまなくチェックし、いろいろな映画館に出かけた。とりわけ、「田園に死す」は、何度観たか分からないほどで、おそらく、僕のなかで、一番たくさん観た作品だろう。冒頭のお寺でのかくれんぼのシーン、川上から流れてくるひな人形、空気人形の春川ますみ、新高恵子の美しさ、そしてあまりにも有名なラストシーン。かなりベタな感じはするが、思い切り背伸びして芸術映画をかじり始めた僕にとっては、とっつき易かった。

 僕は、いまだに60年代~70年初めのカルチャーを生で体現した世代、現在70代の人たちに対する強い憧れがある。その頃東京では、アングラ文化が全盛で、演劇では、寺山修司の「天井桟敷」や唐十郎の「状況劇場」。また、土方巽という天才が暗黒舞踏という新しいジャンルを創作し、その流れの一部を、今や息子の方が有名になったが大森南朋の父、麿赤兒の「大駱駝艦」が引き継ぐ。音楽では、エルビス・プレスリーの登場をきっかけにロック創世記を迎え、映画では、フランスからヌーベルバーグ、アメリカからニュー・シネマといった具合に、新しい運動と才能が次々と現れ、それらは、お互いに融合していった。なんとも羨ましい限りである。なかでも寺山は、当時最先端だったフランスの現代思想の影響を強く受けていたようで、特に、既存の「歴史」に対する批判は厳しい。

「去りゆく一切は歴史にすぎない。が、やがて起こるべき出来事は、歴史などではありえない」、「僕は歴史に興味がなくて、地理が好きだ」など、歴史主義を批判している。映画「田園に死す」は、二人の「私」を登場させる。それは、現在の「私」と少年時代の「私」である。現在の「私」は、少年時代の「私」に対し、これからの少年時代の「私」の未来について、将棋を指しながら会話は進行していく。現在の「私」が、机の引き出しにホタルを閉じ込めたままにしたせいで、家が火事になったというと、少年時代の「私」が、火事などおこらなかったと反論する。すると、現在の「私」が、少年時代の「私」に、ほくそ笑みながら、起こらなかったことも歴史の一部だと言い、一蹴するのである。このように、修正されていく歴史に、寺山は異を唱える。

言うまでもなく、寺山は、ことばの人だった。あまりに有名な絶筆エッセイ「墓場まで何マイル」より。

「私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。だが、だからといって墓は建ててほしくない。私の墓は、私のことばであれば充分。」とまで言っている。そんな寺山のことばのなかで僕の一番好きなのが、「偉大な思想などにはならなくともいいから、偉大な質問になりたい」である。

寺山が亡くなってから、すでに37年が経過した。その後日本は、バブルを経過し、バブル崩壊後、失われた10年はずっと続き、その間には阪神淡路大震災、オウム事件、東日本大震災など惨事が続き、政治状況はますます悪化するばかりで、予想だにしなかった今回のコロナ禍と、閉塞感ばかりが僕たちに重くのしかかってくる。寺山が生きていたら、こんな今をどのように描いただろう?そう考えると、残念で仕方がない。

本書は、1986年、僕が21才のとき、寺山修司全仕事展「テラヤマワールド」を観にいったときに買ったものだ。久しぶりに本書を開くと、そのときのチケットが挟まれていて、6月28日~7月7日と書いてある。そういえば、すごく蒸し暑かったような気がする。会場は「西武百貨店八尾店」。そして、「吹田映劇」、「大毎地下劇場」、「扇町ミュージアムスクェア」、「近鉄小劇場」も、今は存在しない。