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ドラマ「半分 青い」(@井上英作)

ドラマ「半分 青い」が終わった。ドラマ「半分 青い」は、今年前半の「朝ドラ」の題名である。取り付く島の多かったドラマだったと思う。その島について思うところを整理してみた。

①バブル

若い方はご存知ないかもしれないが、かつてこの国には、「バブル」という「瞬間」が存在した。しかし、その「瞬間」は、あっという間にあっけなく終わりを告げる。日経平均株価は、1989年12月29日に史上最高値38,957円44銭を付け、翌年から株価は下がり続ける。「失われた10年」の始まりである。極めて個人的なことだが、この1989年に、僕の中では、何か大きなものが失われた気がした。それは、僕が今でも世界一のアーティストだと信じて止まない、こだま和文率いるダブバンド「MUTE BEAT」の突然の解散と、俳優松田優作の急死が象徴している。その時の喪失感は、かつて味わったことのないもので、そのときの感じは、今でも生々しく僕の中に残っている。

そして、このバブルを経過した後、大きく日本は変わっていったように思う。それは、戦争に負けた日本が、戦勝国のアメリカに対し今度は経済という武器で復讐を試みるのだが、その結果、最終的にはアメリカに息の根を止められてしまったからだろう。僕は、本当の敗戦は、この1989年だったのではないかと思っている。そのことのショックがあまりに大きかったのか、このバブルを検証した文献や文学がどうして存在しないのか、僕には不思議だったのだが、ようやく30年の時間を経て、ぽつぽつとバブルと向き合うようになってきた。本作においても、脚本の北川悦吏子が、ほぼ同世代ということもあり、かなり正確に当時のことを描いている。特に印象的だったのは、正人とディスコに遊びに行こうとする、律のファッションで、当時の時代の空気感が見事に描かれていた。

来年で、「平成」という時代が終わる。「失われた●年」という言い方は、あちこちで耳にする言葉だが、「平成」という時代そのものが、失い続けた時代なのかもしれない。北川悦吏子は、本作を「平成」という時代へのレクイエムとして、執筆したのではないだろうか?だから、この作品を2018年に放送することには、とても意味のあることのように思える。

②故郷

寺山修司は、映画「田園に死す」のなかで、子供時代の故郷について、劇中「これは、すべて嘘である」と言い放ち、観客を挑発した。つまりは、過去というのは、創作された物語に過ぎないというわけだ。人は、自身の過去を、自分の都合の良い過去に書き換えてしまう。どうやら人間とは、そういう生き物のようだ。

主人公スズメと律は、同じ日に生まれ、高校を卒業するまで、仲間たちと楽しく岐阜で過ごす。その仲間とは、男二人に女二人という構成で、学校の帰りには、たまり場の喫茶店で、お好み焼きを食べながら、恋愛や将来について語り合う。僕は、そんな前半の岐阜でのシーンを、自分の学生時代と照らし合わせながら観ていた。僕は、そんなシーンを懐かしいというよりは、羨ましく思いながら観ていた。なぜ、羨ましかったのか?それは、現実には、おそらく存在しないからだ。確かに、僕たちも、土曜の午後、学校の近くのお好み焼き屋で、たこ焼きを食べながら、あるいは、無料券を片手に「王将」で餃子を頬張りながら、よく延々とバカ話をしたものである。ただ、そこには、女子の存在は皆無で、いつもそこにいたのは、むさ苦しい男連中だった。男女のグループがなかったわけではないが、思春期の子供たちが、まったく、異性としての女性を気にせず付き合うことなど、到底不可能だった。そう思うと、本作における「岐阜」は、「そうあってほしかった過去、場所」ということなんだろうと思う。

一方、「そうあってほしい過去、場所」に対し、「東京」では、果てしなく冷徹で非常な現実が待っている。漫画家を夢見て上京したスズメだが、デビューを果たすも、自分の才能に限界を感じ、漫画家をやめる。その後、結婚した相手に捨てられ、シングルマザーとなる。再度、上京を果たすが、勤め先の会社経営者津曲に夜逃げされる。

この作品が、単なるご都合主義や陳腐なサクセスストーリーに陥らずに済んだのは、この「東京」を冷徹な態度で描ききったからこそ、その対比として、甘美なまでに虚構としての「岐阜」を際立たせたことによるものだと思う。

③死者の存在

最後にこのことが、僕を最も魅了したことだ。この作品では、風吹ジュン扮する、スズメの祖母のナレーションが、物語を進行させていく。もちろんこの祖母は、すでにもうこの世には、存在しない。ただ、あたかもそこに存在しているかのようにナレーションが毎回繰り返される。

物語では、スズメにとって大事な人たちが、次々に亡くなっていく。祖母、祖父、律の母、そして親友のユウコ。

本作の最後の方の回、「マザー」(スズメと律が開発したそよ風扇風機)のお披露目のスピーチで、スズメは「私たちは、生と死の境界線のようなところで生きていて、死者は、そのすぐ傍にいつもいる」というようなことを言う。僕は、この考え方を支持する。

北川悦吏子自身も、病と向き合いながらの人生のようで、そんな彼女にとって、死の存在を身近に感じていたことは、想像に難くない。

ある時、僕は暇に任せて、自分にとって大事な人たちについて、何か共通点がないかどうか考えてみた。考えてみて、自分でも想像していなかったことに気づいた。彼らに共通していたのは、死者の存在を信じているということだった。僕は何もオカルトめいたことをいっているのではなく、目に見えないものを感知し、信じることは、人にとって最も重要な要素だということだ。宇多田ヒカルの名曲「道」の歌詞「It’s a lonely road But I am not alone」といったところだろうか。

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(哭声/コクソン 2017年11月1日 井上 英作)

 映画「哭声」を観た。映画「哭声/コクソン」は、「チェイサー」を監督したナ・ホンジン監督の最新作である。「チェイサー」は、レオナルド・ディカプリオが、ハリウッドでのリメイク権を獲得したほどの大作で、韓国映画の、ひとつの頂点といえるかもしれない作品だといっても過言ではないだろう。そして、「哭声」を有名にしたのが、なんといっても、國村隼の存在である。彼は、外国人(日本人!)として初めて韓国のアカデミー賞と言われている青龍映画賞で賞を得たのである。

 「哭声」は、「変な」映画である。「チェイサー」も実に変な映画で、全編、ほとんど真っ暗で、まるで、闇を見続けたような印象が強い。さて、こういった「変な」映画の解説は、僕が最も尊敬する映画評論家、町山智浩の手を借りられずにはいられない。町山智浩は、自身が運営するインターネットサイト「映画その他ムダ話」で独自の映画評論活動を行っている。その評論対象となっている作品は、邦画、洋画、時代を問わず、娯楽作品から芸術作品まで、非常に多岐にわたっていて、しかも、一回216円ととても安価で、くだらないテレビを見るより大変「役に立つ」、僕にとっては、間違いなく新しいメディアである。

 さて、映画「哭声」の話である。僕は、この作品を「変な映画」だといった。では、その「変さ」は、何によるものなのか?それは、その「ごった煮」感にあるのではないだろうか?、というのが僕の仮説である。この作品は、過去の名作ホラー映画に対するオマージュなのか、映画的記号が、ちゃんこ鍋の具材のように、ひとつの入れ物の中に詰め込まれている。人里離れた寒村で、次々と起こる謎の連続殺人事件は、横溝正史を想起させ、突然、変異する主人公の娘は、「エクソシスト」そのものだ。そして、祈祷(悪魔祓い)を行うファン・ジョンミンは、「エクソシスト」の神父に他ならない。では、この作品は、ナ・ホンジン監督の映画に対する偏愛を寄り集めただけの、ホラー映画なのか?僕は、それは、違うと思う。なぜなら、この作品は、韓国国内で観客動員700万人に迫る大ヒットとなっているからである。単なる映画への偏愛というだけでは、これだけ大衆に受け入れられる理由は説明がつかず、もっと他のところに原因があると考える方が、理にかなっているのではないだろうか。なにより、「かみ合わないたくさんのパズルのピース」(@町山智浩)により、観客を不安定にさせていく話の展開は、ナ・ホンジン監督の醍醐味だとはいえ、こんなにわけのわからない映画を、大衆が支持する理由が、僕には、どうしても理解できなかった。

 ナ・ホンジン監督へのインタビュー(@映画その他ムダ話)によると、この映画のテーマは、「神の不在」だそうだ。クリスチャンである彼にとって、この世界の不条理は、どうもキリスト教的思考では、整理がつかないらしい。だから、國村隼の存在が、最後まで確定しないまま、観客は置き去りにされ、映画は終わってしまう。そのことが、インタビューで、ナ・ホンジン監督が答えているように、「神の不在」という問題を提起しているなら、そのように思える。しかし、あえて僕は、別の解釈をこの映画に与えたいと思う。

 前回の投稿「Kホラー」において、内田センセからは、韓国ホラー映画が同じ話型に留まり続けているのは、韓国のなかで、いまだに過去を抑圧してしまったことが、昇華しきれていないのでは?というご意見をいただいたと書いた。しかし、1998年の「女高怪談」から始まった「Kホラー」は、約20年の時を経て、ようやく、昇華を始める入口に立ったのだろうと思う。そのためには、そう、定型的な物語から脱出するためには、過去の映画的記憶を引用することが必要で、その結果、映画「哭声」は、「ごった煮」感を醸成させたのだと思う。そして、その「ごった煮」感、つまり、過去への抑圧を昇華させようという運動が、韓国の多くの大衆に受け入れられたのだろうと、僕は想像する。韓国内における「移行期的混乱」(@平川克己)が、始まったのである。

 なぜ、村上春樹の本が世界性を獲得できるのか、ハルキストの僕にも、よくわからなかった。例えば、「「騎士団長殺し」ってどんな話?」と人に聞かれて、「騎士団長殺し」を読んでみたくなる答えを用意することができるだろうか?僕には、到底自信がない。しかし、僕は、この一連の「Kホラー」を観ていくことで、ひとつの答えらしきものの尻尾が少し見えてきたような気がする。文学なり映画は、ストーリーからどんどん離れていくことにより、記号に満ち溢れた物語になることで、初めて、その物語は、世界性、普遍性を獲得するのだろう。それは、「世界」とつながる最短の方法かもしれない。僕は、そんな風に考える。だから僕は、村上春樹の本を読み、デビッド・リンチの映画を見続けるのである。

 今後の、「Kホラー」に注目していきたい。

「Kホラー」(2017年10月13日、井上英作)

 2015年10月、僕は念願の「寺小屋ゼミ」生になった。「寺小屋ゼミ」とは、内田樹先生の主催するゼミのことで、元々は、内田センセが神戸女学院大学時代に、社会人向けに講義を始めたことに端を発する。ルーティンを重んじる内田センセは、その始める日時も、神戸女学院大学時代と同じ、火曜日16時40分という、カタギの人間にはなかなか参加するとのできない時間帯だったのだが、水曜日が定休の業種で働いている僕にとっては、火曜日というのは、比較的休みやすく、また、昨今の働き方を見直す世間の風潮を追い風に、ようよくゼミに参加することが可能になった。

 この世で嫌いなものの上位に、学校、あるいは教師を挙げるような僕が、なぜか休みの日に、電車で約1時間かけて、「元大学の教師」の話を聞きに行くなど、若かりし自分には、想像することさえできなかったのだが、年を取るというのは不思議なもので、今では、内田センセの前、つまり一番前の席に鎮座し、挙句の果てに、毎回質問をするなどという事態になってしまっている。こんな事態に、何より自分自身が一番驚いている。

「寺小屋ゼミ」は、内田センセの与えられたテーマに沿って、ゼミ生が発表を行うというもの。2017年度のテーマは、「東アジア」。「東アジア」の何れかの国の政治、経済、文化…について考察するという内容である。僕が今回発表をするにあたって選んだ国は、韓国。選んだ理由は、数年前に朝日新聞の記事で知った、韓国の自殺率の高さにショックを受けたからだった。その年、OECD加盟国で、自殺率第一位が韓国、そして第二位が日本だった。韓国の自殺率の高さについては芸能人の自殺など、ある程度の認識はあったが、ここまでの高さだとは、思ってもみなかった。続いて日本だったことも、さらにショックに追い打ちをかけた。この事実と、当時、僕が集中的に観ていた韓国映画のあまりに生々しい暴力描写とが、僕のなかでひとつにつながった。韓国映画について調べれば、韓国が内在している「闇」がわかるような気がした僕は、まずは、韓国映画の歴史について調べようと思い、仕事帰りに、紀伊国屋梅田本店の映画コーナーに立ち寄ってみた。すると、何と一冊も韓国映画史に関する本がなかったのである。「まぁそんなこともあるさ」と虚勢を張り、西梅田のジュンク堂本店にも行ったが、徒労に終わってしまった。僕は、絶望的な気分で家に帰り、PCでamzonの画面を開き、期待もせず「韓国映画史」と入力してみた。すると、タイトルもそのまま、「韓国映画史」(キネマ旬報社)という本がヒットした。やれやれ。

 この「韓国映画史」という本は、なかなか興味深いもので、中でも、チョン・ソンイルという映画評論家の分析に、僕は興味をひかれた。彼によると、韓国映画のベースにあるのは、メロドラマで、それが変形したものとしてホラー映画、アクション映画が存在するというものだった。この分析を読んだとき、僕は、自分の大きなミスに気が付いた。僕は、韓国ホラー映画を一本も観ていなかったのである。しかし、同時にこのことは、今回の発表について、大きな方向が見えてきたような気がして、僕は少し興奮した。

 早速、僕は、ホラー映画に関する文献を集めた。これらの文献を読み漁ってみて、僕は、気づいた。僕は、ほとんどいっていいほど、文献に紹介されている「死霊のはらわた」、「悪魔のいけにえ」、「ブレインデッド」…など、ほとんどのホラー作品を観ていたのである。僕は、物心ついてから怖いものが大好きで、その延長としてホラー映画もたくさんみてきた。正確に言えば、実は、僕は映画ファンではなく、ホラー映画フアンなのかもしれない。僕は、慌ててそれらの文献で紹介されている韓国ホラー映画を、職場の近くにある「TSUTAYA」で借り、毎晩のように、韓国ホラー映画を観た。もし、職場近くで猟奇殺人事件が起こり、「TSUTAYA」で僕のレンタル履歴を調査されたら、僕は、間違いなく容疑者の一人になっていたであろう。

 韓国ホラー映画を観ていくうちに、そこには、大きな特徴と傾向が見て取れた。まず、どの作品も話型が同じだということ。そして、映画内に散りばめられた記号が同じということである。例えば、ハリウッド映画は、実にたくさんのジャンルのホラーを制作している。ゾンビもの、SFもの、猟奇殺人もの…などなど。挙句の果てに、最近では、明らかにネタ不足の様相を呈し始めている。「エイリアン」VS「プレデター」、あるいは、「ジェイソン」VS「フレディ」と、いくところまでいった感さえある。このように、アメリカ人が、ありとあらゆるものを恐怖の対象としているのに対し、韓国人は、同じ話型、同じ記号に恐怖を感じているのである。具体的には、次の記号たち、「大変美しい女」、「姉妹」、「悩む姉」、「殺され(そうになる)る妹」、これらを組み合わせることによって、韓国ホラー映画の話型は、大体成立する。例えば、韓国ホラー映画の代表作「箪笥」を例に取ってみる。継母(=「大変美しい女」)にいじめられる「姉妹」。「殺された妹」の亡霊に「困惑する姉」。他のホラー作品も、ほぼ同様に、これらの記号を少しアレンジすることで物語が成立する。僕は、このことが一体何を意味するのか、その答えを知りたかった。悶々とした日が、何日も続いた。そんなとき、以前、四方田犬彦のことを、知人から聞いていた僕は、彼の著書「怪奇映画天国アジア」を、藁をもすがる思いで読んでみることにした。その中に、フロイトの「不気味なもの」という論文が紹介されていた。不気味とは、ドイツ語でunheimlichというそうで、「heimlich」ということばを「un」で打ち消しているとのことだった。「不気味なものとは、慣れ親しんだもの、馴染みのもの(=heimlich)であり、それが抑圧された後に回帰してきたもののことである」(「ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの」2011年、フロイト、中山元訳、光文社、P187 )と定義されていた。

 僕は、ひとつの仮説を立てた。韓国ホラー映画がジャンルとして確立されたのは、1998年の「女高怪談」からである。そしてこの作品は、韓国で大ヒットし、以後シリーズ化されている。奇しくも1998年といえば、韓国がIMF危機に遭遇した翌年である。日本の植民地から解放され、その後長く続く軍事独裁政権を経て、ようやく民主化を果たした韓国が、通貨危機という最大の国難に見舞われる。その国難を回避するために、それまでのもの(文化、伝統…)をかなぐり捨てて、大きく舵を切った結果、失うものも相当大きかったに違いない。そのことが抑圧され、恐怖という形で回帰しているのだろう。つまり、韓国ホラー映画に散りばめられた記号たち、「大変美しい女」とは、「慣れ親しんだ、馴染みのある」かつての文化や思想のことで、「妹」とは、受け入れ難い「新しい思想」を指し、最終的には、物語のなかで「殺される」のである。

 この発表を終え、内田センセからは、このように韓国ホラー映画が同じ話型に留まり続けているのは、韓国のなかで、いまだに過去を抑圧してしまったことが、昇華しきれていないのでは?というご意見をいただいた。それから、僕はずっとそのことを考えつづけていた。

 そして、あの「チェイサー」の監督ナ・ホンジンの最新作 『哭声/コクソン』を、僕は、観ることになるのである。

「アウトレイジ 最終章」(井上英作 2017年10月9日)

 映画をどういう基準で観るのか?ジャンル?、出演者?、監督?…etc.僕は、間違いなく、この問いに対しては、「監督」と答える。それは、映画に限らず、本を選ぶときも、音楽を選ぶときも同じだ。

 映画館で映画を観る機会が極端に少なくなった僕が、映画館に足を運んでまで観る映画と言えば、リドリー・スコット、デビッド・リンチ、石井隆、そして北野武の作品ぐらいである。そして、満を持して、北野武の最新作、映画「アウトレイジ 最終章」を、仕事帰りに大阪ステーションシティシネマで観た。

 前回の「アウトイレジ ビヨンド」の出来が、あまりに素晴らしかったので、今回の「アウトレイジ 最終章」をとても楽しみにしていた。しかし、「アウトレイジ 最終章」を観終わった僕は、どんよりとした気分で、四ツ橋線を走る地下鉄の車両に揺られながら、そのあまりの「後味の悪さ」について想いを巡らせていた。「この「後味の悪さ」は、一体、どこからくるのだろうか?」答えの出ない問いに苛まれ、僕は、今日、北野武の初期代表作「ソナチネ」をDVDで観ることにした。何度観たかわからないこの作品を観ることにより、この「後味の悪さ」の尻尾のようなものが見える気がしたからだ。

 「ソナチネ」は、1994年に劇場公開された作品で、僕も梅田ピカデリーでこの作品を観た。いまだに北野作品では、一番好きな作品だが、確か封切後二週間で打ち切りになったように記憶している。このように、この作品は、日本での評価は見事なまでに低く、一方、ヨーロッパ、特にフランスでは、日本での評価とは裏腹に、とても評価され、北野作品で表現される色彩を表して「キタノブルー」と呼んだり、北野監督のフォロワーを「キタニスト」と呼び始めるきっかけとなったのが、この作品である。言うまでもなく、この作品から4年経過した1997年に北野武は、「HANA-BI」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得し、世界的にその地位を獲得することになる。そして、この「ソナチネ」という作品を語るうえで、忘れてはならないのが、同じ年に北野武が起こしたバイク事故のことである。「血まみれで、頭はずたずた、あちこち骨折して、顔はゆがんで、半分、陥没してた。」(「KITANO PAR KITANO」@ミシェル・テマン、2012年、早川書房、P167 )そうである。退院後、顔を倍ぐらいに腫らしながら、記者会見を行った北野武のその時の映像は、今でも鮮明に記憶に残っている。先日、TV番組で、北野がこのときのバイク事故について、真相を明らかにした。自信たっぷりに「ソナチネ」を公開したものの、メディアは、この作品をこけ落とし、仕事に行き詰まりを感じていた当時の状況と重なり、「記憶は定かではないんだけど、衝突する直前に、たぶん「行け!」とか、叫んだんじゃないかな」(前出、P167)というような精神状態だったようである。

 「ソナチネ」という作品は、死にたがっている、ヤクザの主人公、村川の話である。冒頭で、村川は、子分のケンに「ヤクザ、辞めたくなったなぁ」とその心情を吐露し、あまりにも有名な、沖縄での砂浜で子分たちと戯れながらロシアンルーレットを行うシーンで、村川は、自分の頭を拳銃でぶち抜く幻想に襲われる。また、「あんまり死ぬのを怖がってると、死にたくなっちゃうんだよ」と、村川は沖縄で知り合った女に向かって言う。そんな村川は、ラストシーン、長く続く道の途中、車を脇に止め、拳銃で自決する。この「ソナチネ」という作品には、全編にわたり、むせ返るような「死」の匂いが充満している。しかし、この作品で表現されている「死」は、あくまでも、当時の北野監督が想像していた、観念としての「死」であり、それは、どこか、官能的で、ロマンティックなものに過ぎなかったのでは、ないだろうか?実際、ラストシーン、ずっと続く長い道は、未来を暗示させるものだし、北野武は、バイク事故で死なずに、今でも元気に活動している。

 前置きが長くなり過ぎた。「アウトレイジ 最終章」の話だった。この作品で、主人公の大友は、前二作でのいろいろな抗争にケリをつけるため、大森南朋扮する市川と二人で、マシンガン片手に殺人を繰り返す。それは、あたかも「昭和残侠伝」での花田秀次郎(高倉健)と風間重吉(池部良)を彷彿とさせ、「ソナチネ」で描いた「死」に向かっていく男たちの話である。言いかえれば、「ソナチネ」が復活したともいえる。最初、コマーシャルで、マシンガンを持つこの二人を観たときには、違和感を感じたのだが、実は、大友は、「ソナチネ」の村川だった。そう、村川は、「ソナチネ」のラストシーンで、マシンガンを引っ提げて適地に乗り込んでいたではないか。村川は、死んでいなかったのである。北野監督は、この作品で、「ソナチネ」で死にきれなかった村川(=大友)を殺すことによって、観念としての死に決別し、本当の死を迎え入れたのだと思う。それは、バイク事故で「死ねなかった」北野武が、70才という年令を迎え、足音を立てながら身近に迫りつつある死に対する、現在の心境なのではないかと想像できる。そのあまりに、生々しい死が、この映画の「後味の悪さ」を観るものに強要させてしまうのである。

 
 
 

 

 

「ツイン・ピークス」(井上英作 2017年7月21日)

 バブルが崩壊した直後、このアメリカのドラマが、日本で一世を風靡した。そのドラマの題名が、「ツイン・ピークス」である。今から思えば、海外ドラマブームの先駆けだったかもしれない。

 僕が、このドラマを知ったのは、小泉今日子が、このドラマについて、あちこちでコメントを寄せていたからだと記憶している。当時の小泉今日子は、吉本ばななの本を紹介したり、デビュー間もないスカパラを絶賛したりと、その後の「渋谷系」を先取りするかのような、「イケてる」の象徴的な存在だった。その後、「イケてる」永瀬正敏と結婚したときは、そのあまりにも予定調和的な「物語」に少しうんざりした。そんな二人は、ほどなく離婚するのだが…

 僕のカウンターカルチャーに対する熱意は、1989年、ミュート・ビートの解散、そして、松田優作の死により実質的に終わりを告げた。本当に、急に終わったような気がした。そんな僕にとって、「ツイン・ピークス」の存在は、単なる「ファッション」に過ぎなかった。それから何年か経ち、そうは言っても、「ツイン・ピークス」は、見ておいた方がよさそうだと思い、全部見た。面白かった。面白かったというのは、あまりに凡庸で知性を感じさせない感想だが、とにかく面白かった。食わず嫌いというのは、本当によくない。

 言い忘れたが、「ツイン・ピークス」の監督(実際は、時々だが…)は、あのデビッド・リンチである。デビッド・リンチといえば、現存する映画監督の中で、「変な」映画を作る数少ない一人にして、世界最強といっても過言ではない。決して見てはいけない「イレイザー・ヘッド」、なぜか大ヒットしてしまった「エレファント・マン」、大好きな「マルホランド・ドライブ」など、どの作品も一癖も二癖もあるものばかりだ。

 「ツイン・ピークス」の面白さは、何といっても、この「変な」ところに依拠する。「変な」人たちがたくさん登場し、「変な」ストーリーが展開する。おそらくだが、途中からデビッド・リンチ自身もこの話をどう展開していいか分からなくなってしまったのでは?と思わざるを得ないようなストーリー展開を見せる。大ブレークした朝ドラ「あまちゃん」にも、同じような匂いを感じ取ったが、このドラマは、その比でない。

 そして、ドラマ全編に、散りばめられたたくさんの記号たち。小人、ドーナツ、コーヒー、繰り返されるテーマソング、少女の死体。
 
 当時の文化人たちは、これらの記号たちが意味するものを、必死で解き明かそうと試みた。しかし、どの解説も、僕にとっては、近くて遠いものだった。むしろ、そんなことをあざ笑うかのように、ストーリーは「変な」方へと展開していくのである。

 今から約10年程前、デビッド・リンチの新作(その後、いまだに新作の発表がない。)「インランド・エンパイア」を映画館で観た。副題を「woman in trouble」というこの作品は、その名のとおり、主人公の女優が、ひたすら悩んでいるという、たったそれだけの話だ。しかも、約3時間という長さである。僕は、あまりのおかしさに、その週に二回も映画館に足を運んだ。とりわけ、映画の途中に突如出現する、ウサギ人間のシーンには、もうこれは笑うしかなく、僕は大声をあげて笑ったのだが、映画館で笑っていたのは、僕ひとりだけだった。「みんな、おかしくないのかな?」と、館内を見渡すと、みんな苦渋に満ちた表情で、眉間に皺を寄せながらそのシーンを眺めていた。みんな、そのシーンに「意味」を求めていた。僕は、余計におかしくなってきた。
 
 僕は、子供のころから、「無意味なもの」が大好きだった。まわりの子供たちが、アニメ「巨人の星」を熱く語っているのを尻目に、僕は、アニメ「モーレツア太郎」に登場するキャラクター達に思いを馳せた。子豚だけが子分という「ブタ松親分」、どう見てもタヌキにしか見えないが人間を装う「ココロのボス」、「毛虫+サロンパス」という、作者赤塚不二夫のウルトラC的命名による「ケムンパス」…。かつて佐藤伸治(@フィッシュマンズ)は、名曲「BABY BLUE」の中で、「意味なんかないね、意味なんかない」と言ってのけた。

 およそ表現されたものの中に、「意味」などないのである。むしろ、そのことこそが、「表現」という行為を担保しているのではないだろうか。そこに「意味」を求めてしまうというのは、筋違いというもので、まったく次元の違う話になってしまう。そう、世界は、記号で満たされているのかもしれない。

 「ツイン・ピークス」の最終章は、「25年後にまた会いましょう。」という思わせぶりなセリフで終わる。そして、約25年の年月を経て、今週から「ツイン・ピークス The Return」が始まる。しかも、全18話、すべてデビッド・リンチがメガホンを取るそうだ。あの奇怪な登場人物に再会できるかと思うだけで、年甲斐もなく、すでにワクワクしている。

 

 

 

「この世界の片隅に」(井上英作 2017年1月11日)

僕は、今日元気がない。今日、テアトル梅田で、奥さんと映画「この世界の片隅に」を観たからだ。映画が終わり、僕はことばを失った。ことばが見つからなった。僕たちは、20分ほど、お互いに押し黙ったまま、地下鉄「梅田」駅へと向かった。お腹が空いたので、阪急三番街のうどん屋に入り、店員に注文を伝え、ようやく今日観た映画について話を始めた。

僕はよい芸術作品に出会うと、決まって元気がなくなる。例えば、村上春樹の本を読んだあとなどがその典型で、お腹の中に鉛を含んだような感じが一週間ほど続き、徐々にすこしづつその鉛が溶けていく。僕は、この元気のなくなる感じを味わいたくて、良質な芸術作品を探しているといっても過言ではない。

映画「この世界の片隅に」は、敬愛する映画評論家、町山智浩を、2016年世界で一番よかったと言わしめ、僕の大好きなアーティスト、高橋幸宏、こだま和文が、わざわざ映画館に足を運んで観たということで、僕も観ないわけにはいかなかった。

この映画は、所謂「戦争映画」である。しかし、「戦争映画」といっても、例えば「地獄の黙示録」に代表されるような、兵士を描いた「戦争映画」とは全然違う。この映画は、19才の普通のどちらかというと、かなり鈍くさい女の子の眼を通して描かれた戦争だ。主人公の女の子を中心とした呉市を舞台にした、ごく普通の生活、結婚、義姉の意地悪などが、テンポよく描かれる。「世界」で戦争が始まっていようが、市井の人たちは、モンペを補修したり、料理を作ったり、井戸に水を汲みにいったりと、毎日の日常生活の方が重要で、戦争に日本が勝とうが負けようが、それほどリアリティはなかったのではないだろうか。しかし、戦争という理不尽な暴力は、どこまでも非情だった。そんな、ごく普通の人たちにも容赦なく襲い掛かってくる。主人公の女の子にとっての戦争とは、広島に落とされた原爆でもなく、8月15日にラジオから流れた玉音放送でもなく、失った右腕そのものが、戦争すべてだった。戦争は、決して一般化されることなどできるはずもなく、100人いれば100個の戦争が存在するのである。

そして、この映画のもう一つの大きな特徴は、製作費の一部をクラウドファンディングという手法を用いて資金を捻出したことにある。広告代理店、TV局など既存のメデイァからの資金を断ち切り、作家性を全面に押し出すこの手法は、今後、映画製作方法の転換に大きく寄与することになるだろう。さらに、うれしいことに、この映画は、口コミで、評判が広がり、じわじわと興行収入を伸ばしたうえ、2016年度キネマ旬報ベスト・テン第一位を、アニメ作品として28年ぶりに獲得した。僕たちは、もう、広告代理店やTV局など既存のメディアがいいと思っているものを、評価していない。むしろ、クラウドファンディングに参加した人たちの知性に敬意を表する。

安倍首相は、年初のTVのインタビューで、お正月休みの過ごし方について質問を受け、映画「海賊と呼ばれた男」を観て感銘を受けたと答えていた。「海賊と呼ばれた男」に対して、僕は何の恨みもないが、少なくとも、今、安倍首相が観ないといけないのは、この作品ではないだろうか?

自分の嗜好が偏っていることに、僕は、自覚的なつもりでいるので、自分の好きなものを、あまり人に勧めたりしないのだが、この映画は、ぜひ、一人でも多くの人に観てもらいたい。本当に、そう思う。

「Fantôme」(井上英作 2017年1月7日)

Fantôme。フランス語で「幻」、「気配」などを意味する。宇多田ヒカルの8年振りの新作のアルバムタイトルだ。

宇多田ヒカルの曲を最初に聞いたのは、1999年の冬、言わずと知れた名曲「Automatic」だった。その頃、僕は当時としては若くして管理職になり、管理職の難しさに悶々としていたころで、この曲のことは、今でもはっきりと覚えている。宇多田ヒカルの偉大さを挙げればきりがないが、僕が、最初に驚いたのは、その言葉の使い方だった。「Automatic」の出だし部分、「七回目のベルで」を「な なかいめのベ ルで」というようにことばを分解し、その意味を取っ払ってしまったのである。それ以前に、桑田佳祐が、繋がりのない言葉を繋げる手法(勝手にシンドバッドなど)により文章を解体しことはあったものの、宇多田ヒカルは、それ以前のことばの持つ意味そのものをなくしてしまった。しかも、15才という若さで。僕は、凄い人が出てきたなと、妙に感心してしまった。

そして、昨年、宇多田ヒカルは、8年ぶりに新作「Fantôme」を発表する。音楽の趣味が、とても偏っていることに自覚的な僕は、もちろん、そんなことなど知る由もないが、昨年末のTV番組「SONGS」で、このアルバムのことを知る。TV画面の向こう側で、歌を歌う宇多田は、歌詞を発するのをためらいながら、それでも、一言一言をとても大事にして、丁寧に歌っているように見えた。そこには、ことばを解体し続けた宇多田はいなかった。その番組を観て以来、年末から年始にかけて、僕たち夫婦の話題は、専ら、宇多田ヒカルのことばかりになってしまった。年越しそばをすすりながら、旧友と焼き鳥を食べながら、録画した「SONGS」を酒を飲みながら何度も見て、僕たちは、宇多田ヒカルの話ばかりをして休日を過ごした。

中でも秀逸な作品が、このアルバムの代表曲「道」である。この曲は、宇多田本人も言っているように、亡くなった母・藤圭子に捧げたものである。宇多田は、「始まりはあなただった」ということを認めた上で、サビの部分では、「lonley」と「not alone」を執拗に繰り返す。さらに、「目に見えるものだけを信じてはいけないよ」と言ったうえで、「あなたの声が聞こえる」と言い放ってみせる。言うまでもなく、この曲は、死者のことを歌った曲である。

中島らもの名著「頭の中がかゆいんだ」の中で、「「生」の反対語は「死」ではなく、「生きていない」ではないのか。「生」に対し、「死」という概念を持ち込んだために話が面倒くさくなった。」というくだりがあるが、僕もまったくそのとおりだと思う。宇多田は、この8年間の間に、、母を失い、子供を産んだ。そんな宇多田にとって、「生」と「死」は対立するものではなく等価なもので、また、不在となってしまった母(=死者)を身近に感じることで、初めて「生」を実感したのではないだろうか、僕は、そんなふうに考える。だから、宇多田には母はすでにそこにはいないから「lonley」だけど、死者の「気配」がいつもそこにあるから「not alone」なのである。母は、「気配」として、彼女にずっとつきまとうのだ。「死ぬのはいつも他人ばかり」と、寺山修司はデュシャンのこのことばをよく引用したが、宇多田にとって母は、死んでいなかったのである。

 

僕もこの年になり、身近に死を体験してきたからこそ、こういうように考えることができるようになったわけだが、宇多田ヒカルは、30代にして、このことに気づき、そして、そのことを自分のことばで表現している。

宇多田ヒカルは、「かっこいい」。