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「Kホラー」(2017年10月13日、井上英作)

 2015年10月、僕は念願の「寺小屋ゼミ」生になった。「寺小屋ゼミ」とは、内田樹先生の主催するゼミのことで、元々は、内田センセが神戸女学院大学時代に、社会人向けに講義を始めたことに端を発する。ルーティンを重んじる内田センセは、その始める日時も、神戸女学院大学時代と同じ、火曜日16時40分という、カタギの人間にはなかなか参加するとのできない時間帯だったのだが、水曜日が定休の業種で働いている僕にとっては、火曜日というのは、比較的休みやすく、また、昨今の働き方を見直す世間の風潮を追い風に、ようよくゼミに参加することが可能になった。

 この世で嫌いなものの上位に、学校、あるいは教師を挙げるような僕が、なぜか休みの日に、電車で約1時間かけて、「元大学の教師」の話を聞きに行くなど、若かりし自分には、想像することさえできなかったのだが、年を取るというのは不思議なもので、今では、内田センセの前、つまり一番前の席に鎮座し、挙句の果てに、毎回質問をするなどという事態になってしまっている。こんな事態に、何より自分自身が一番驚いている。

「寺小屋ゼミ」は、内田センセの与えられたテーマに沿って、ゼミ生が発表を行うというもの。2017年度のテーマは、「東アジア」。「東アジア」の何れかの国の政治、経済、文化…について考察するという内容である。僕が今回発表をするにあたって選んだ国は、韓国。選んだ理由は、数年前に朝日新聞の記事で知った、韓国の自殺率の高さにショックを受けたからだった。その年、OECD加盟国で、自殺率第一位が韓国、そして第二位が日本だった。韓国の自殺率の高さについては芸能人の自殺など、ある程度の認識はあったが、ここまでの高さだとは、思ってもみなかった。続いて日本だったことも、さらにショックに追い打ちをかけた。この事実と、当時、僕が集中的に観ていた韓国映画のあまりに生々しい暴力描写とが、僕のなかでひとつにつながった。韓国映画について調べれば、韓国が内在している「闇」がわかるような気がした僕は、まずは、韓国映画の歴史について調べようと思い、仕事帰りに、紀伊国屋梅田本店の映画コーナーに立ち寄ってみた。すると、何と一冊も韓国映画史に関する本がなかったのである。「まぁそんなこともあるさ」と虚勢を張り、西梅田のジュンク堂本店にも行ったが、徒労に終わってしまった。僕は、絶望的な気分で家に帰り、PCでamzonの画面を開き、期待もせず「韓国映画史」と入力してみた。すると、タイトルもそのまま、「韓国映画史」(キネマ旬報社)という本がヒットした。やれやれ。

 この「韓国映画史」という本は、なかなか興味深いもので、中でも、チョン・ソンイルという映画評論家の分析に、僕は興味をひかれた。彼によると、韓国映画のベースにあるのは、メロドラマで、それが変形したものとしてホラー映画、アクション映画が存在するというものだった。この分析を読んだとき、僕は、自分の大きなミスに気が付いた。僕は、韓国ホラー映画を一本も観ていなかったのである。しかし、同時にこのことは、今回の発表について、大きな方向が見えてきたような気がして、僕は少し興奮した。

 早速、僕は、ホラー映画に関する文献を集めた。これらの文献を読み漁ってみて、僕は、気づいた。僕は、ほとんどいっていいほど、文献に紹介されている「死霊のはらわた」、「悪魔のいけにえ」、「ブレインデッド」…など、ほとんどのホラー作品を観ていたのである。僕は、物心ついてから怖いものが大好きで、その延長としてホラー映画もたくさんみてきた。正確に言えば、実は、僕は映画ファンではなく、ホラー映画フアンなのかもしれない。僕は、慌ててそれらの文献で紹介されている韓国ホラー映画を、職場の近くにある「TSUTAYA」で借り、毎晩のように、韓国ホラー映画を観た。もし、職場近くで猟奇殺人事件が起こり、「TSUTAYA」で僕のレンタル履歴を調査されたら、僕は、間違いなく容疑者の一人になっていたであろう。

 韓国ホラー映画を観ていくうちに、そこには、大きな特徴と傾向が見て取れた。まず、どの作品も話型が同じだということ。そして、映画内に散りばめられた記号が同じということである。例えば、ハリウッド映画は、実にたくさんのジャンルのホラーを制作している。ゾンビもの、SFもの、猟奇殺人もの…などなど。挙句の果てに、最近では、明らかにネタ不足の様相を呈し始めている。「エイリアン」VS「プレデター」、あるいは、「ジェイソン」VS「フレディ」と、いくところまでいった感さえある。このように、アメリカ人が、ありとあらゆるものを恐怖の対象としているのに対し、韓国人は、同じ話型、同じ記号に恐怖を感じているのである。具体的には、次の記号たち、「大変美しい女」、「姉妹」、「悩む姉」、「殺され(そうになる)る妹」、これらを組み合わせることによって、韓国ホラー映画の話型は、大体成立する。例えば、韓国ホラー映画の代表作「箪笥」を例に取ってみる。継母(=「大変美しい女」)にいじめられる「姉妹」。「殺された妹」の亡霊に「困惑する姉」。他のホラー作品も、ほぼ同様に、これらの記号を少しアレンジすることで物語が成立する。僕は、このことが一体何を意味するのか、その答えを知りたかった。悶々とした日が、何日も続いた。そんなとき、以前、四方田犬彦のことを、知人から聞いていた僕は、彼の著書「怪奇映画天国アジア」を、藁をもすがる思いで読んでみることにした。その中に、フロイトの「不気味なもの」という論文が紹介されていた。不気味とは、ドイツ語でunheimlichというそうで、「heimlich」ということばを「un」で打ち消しているとのことだった。「不気味なものとは、慣れ親しんだもの、馴染みのもの(=heimlich)であり、それが抑圧された後に回帰してきたもののことである」(「ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの」2011年、フロイト、中山元訳、光文社、P187 )と定義されていた。

 僕は、ひとつの仮説を立てた。韓国ホラー映画がジャンルとして確立されたのは、1998年の「女高怪談」からである。そしてこの作品は、韓国で大ヒットし、以後シリーズ化されている。奇しくも1998年といえば、韓国がIMF危機に遭遇した翌年である。日本の植民地から解放され、その後長く続く軍事独裁政権を経て、ようやく民主化を果たした韓国が、通貨危機という最大の国難に見舞われる。その国難を回避するために、それまでのもの(文化、伝統…)をかなぐり捨てて、大きく舵を切った結果、失うものも相当大きかったに違いない。そのことが抑圧され、恐怖という形で回帰しているのだろう。つまり、韓国ホラー映画に散りばめられた記号たち、「大変美しい女」とは、「慣れ親しんだ、馴染みのある」かつての文化や思想のことで、「妹」とは、受け入れ難い「新しい思想」を指し、最終的には、物語のなかで「殺される」のである。

 この発表を終え、内田センセからは、このように韓国ホラー映画が同じ話型に留まり続けているのは、韓国のなかで、いまだに過去を抑圧してしまったことが、昇華しきれていないのでは?というご意見をいただいた。それから、僕はずっとそのことを考えつづけていた。

 そして、あの「チェイサー」の監督ナ・ホンジンの最新作 『哭声/コクソン』を、僕は、観ることになるのである。

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「アウトレイジ 最終章」(井上英作 2017年10月9日)

 映画をどういう基準で観るのか?ジャンル?、出演者?、監督?…etc.僕は、間違いなく、この問いに対しては、「監督」と答える。それは、映画に限らず、本を選ぶときも、音楽を選ぶときも同じだ。

 映画館で映画を観る機会が極端に少なくなった僕が、映画館に足を運んでまで観る映画と言えば、リドリー・スコット、デビッド・リンチ、石井隆、そして北野武の作品ぐらいである。そして、満を持して、北野武の最新作、映画「アウトレイジ 最終章」を、仕事帰りに大阪ステーションシティシネマで観た。

 前回の「アウトイレジ ビヨンド」の出来が、あまりに素晴らしかったので、今回の「アウトレイジ 最終章」をとても楽しみにしていた。しかし、「アウトレイジ 最終章」を観終わった僕は、どんよりとした気分で、四ツ橋線を走る地下鉄の車両に揺られながら、そのあまりの「後味の悪さ」について想いを巡らせていた。「この「後味の悪さ」は、一体、どこからくるのだろうか?」答えの出ない問いに苛まれ、僕は、今日、北野武の初期代表作「ソナチネ」をDVDで観ることにした。何度観たかわからないこの作品を観ることにより、この「後味の悪さ」の尻尾のようなものが見える気がしたからだ。

 「ソナチネ」は、1994年に劇場公開された作品で、僕も梅田ピカデリーでこの作品を観た。いまだに北野作品では、一番好きな作品だが、確か封切後二週間で打ち切りになったように記憶している。このように、この作品は、日本での評価は見事なまでに低く、一方、ヨーロッパ、特にフランスでは、日本での評価とは裏腹に、とても評価され、北野作品で表現される色彩を表して「キタノブルー」と呼んだり、北野監督のフォロワーを「キタニスト」と呼び始めるきっかけとなったのが、この作品である。言うまでもなく、この作品から4年経過した1997年に北野武は、「HANA-BI」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得し、世界的にその地位を獲得することになる。そして、この「ソナチネ」という作品を語るうえで、忘れてはならないのが、同じ年に北野武が起こしたバイク事故のことである。「血まみれで、頭はずたずた、あちこち骨折して、顔はゆがんで、半分、陥没してた。」(「KITANO PAR KITANO」@ミシェル・テマン、2012年、早川書房、P167 )そうである。退院後、顔を倍ぐらいに腫らしながら、記者会見を行った北野武のその時の映像は、今でも鮮明に記憶に残っている。先日、TV番組で、北野がこのときのバイク事故について、真相を明らかにした。自信たっぷりに「ソナチネ」を公開したものの、メディアは、この作品をこけ落とし、仕事に行き詰まりを感じていた当時の状況と重なり、「記憶は定かではないんだけど、衝突する直前に、たぶん「行け!」とか、叫んだんじゃないかな」(前出、P167)というような精神状態だったようである。

 「ソナチネ」という作品は、死にたがっている、ヤクザの主人公、村川の話である。冒頭で、村川は、子分のケンに「ヤクザ、辞めたくなったなぁ」とその心情を吐露し、あまりにも有名な、沖縄での砂浜で子分たちと戯れながらロシアンルーレットを行うシーンで、村川は、自分の頭を拳銃でぶち抜く幻想に襲われる。また、「あんまり死ぬのを怖がってると、死にたくなっちゃうんだよ」と、村川は沖縄で知り合った女に向かって言う。そんな村川は、ラストシーン、長く続く道の途中、車を脇に止め、拳銃で自決する。この「ソナチネ」という作品には、全編にわたり、むせ返るような「死」の匂いが充満している。しかし、この作品で表現されている「死」は、あくまでも、当時の北野監督が想像していた、観念としての「死」であり、それは、どこか、官能的で、ロマンティックなものに過ぎなかったのでは、ないだろうか?実際、ラストシーン、ずっと続く長い道は、未来を暗示させるものだし、北野武は、バイク事故で死なずに、今でも元気に活動している。

 前置きが長くなり過ぎた。「アウトレイジ 最終章」の話だった。この作品で、主人公の大友は、前二作でのいろいろな抗争にケリをつけるため、大森南朋扮する市川と二人で、マシンガン片手に殺人を繰り返す。それは、あたかも「昭和残侠伝」での花田秀次郎(高倉健)と風間重吉(池部良)を彷彿とさせ、「ソナチネ」で描いた「死」に向かっていく男たちの話である。言いかえれば、「ソナチネ」が復活したともいえる。最初、コマーシャルで、マシンガンを持つこの二人を観たときには、違和感を感じたのだが、実は、大友は、「ソナチネ」の村川だった。そう、村川は、「ソナチネ」のラストシーンで、マシンガンを引っ提げて適地に乗り込んでいたではないか。村川は、死んでいなかったのである。北野監督は、この作品で、「ソナチネ」で死にきれなかった村川(=大友)を殺すことによって、観念としての死に決別し、本当の死を迎え入れたのだと思う。それは、バイク事故で「死ねなかった」北野武が、70才という年令を迎え、足音を立てながら身近に迫りつつある死に対する、現在の心境なのではないかと想像できる。そのあまりに、生々しい死が、この映画の「後味の悪さ」を観るものに強要させてしまうのである。

 
 
 

 

 

「ツイン・ピークス」(井上英作 2017年7月21日)

 バブルが崩壊した直後、このアメリカのドラマが、日本で一世を風靡した。そのドラマの題名が、「ツイン・ピークス」である。今から思えば、海外ドラマブームの先駆けだったかもしれない。

 僕が、このドラマを知ったのは、小泉今日子が、このドラマについて、あちこちでコメントを寄せていたからだと記憶している。当時の小泉今日子は、吉本ばななの本を紹介したり、デビュー間もないスカパラを絶賛したりと、その後の「渋谷系」を先取りするかのような、「イケてる」の象徴的な存在だった。その後、「イケてる」永瀬正敏と結婚したときは、そのあまりにも予定調和的な「物語」に少しうんざりした。そんな二人は、ほどなく離婚するのだが…

 僕のカウンターカルチャーに対する熱意は、1989年、ミュート・ビートの解散、そして、松田優作の死により実質的に終わりを告げた。本当に、急に終わったような気がした。そんな僕にとって、「ツイン・ピークス」の存在は、単なる「ファッション」に過ぎなかった。それから何年か経ち、そうは言っても、「ツイン・ピークス」は、見ておいた方がよさそうだと思い、全部見た。面白かった。面白かったというのは、あまりに凡庸で知性を感じさせない感想だが、とにかく面白かった。食わず嫌いというのは、本当によくない。

 言い忘れたが、「ツイン・ピークス」の監督(実際は、時々だが…)は、あのデビッド・リンチである。デビッド・リンチといえば、現存する映画監督の中で、「変な」映画を作る数少ない一人にして、世界最強といっても過言ではない。決して見てはいけない「イレイザー・ヘッド」、なぜか大ヒットしてしまった「エレファント・マン」、大好きな「マルホランド・ドライブ」など、どの作品も一癖も二癖もあるものばかりだ。

 「ツイン・ピークス」の面白さは、何といっても、この「変な」ところに依拠する。「変な」人たちがたくさん登場し、「変な」ストーリーが展開する。おそらくだが、途中からデビッド・リンチ自身もこの話をどう展開していいか分からなくなってしまったのでは?と思わざるを得ないようなストーリー展開を見せる。大ブレークした朝ドラ「あまちゃん」にも、同じような匂いを感じ取ったが、このドラマは、その比でない。

 そして、ドラマ全編に、散りばめられたたくさんの記号たち。小人、ドーナツ、コーヒー、繰り返されるテーマソング、少女の死体。
 
 当時の文化人たちは、これらの記号たちが意味するものを、必死で解き明かそうと試みた。しかし、どの解説も、僕にとっては、近くて遠いものだった。むしろ、そんなことをあざ笑うかのように、ストーリーは「変な」方へと展開していくのである。

 今から約10年程前、デビッド・リンチの新作(その後、いまだに新作の発表がない。)「インランド・エンパイア」を映画館で観た。副題を「woman in trouble」というこの作品は、その名のとおり、主人公の女優が、ひたすら悩んでいるという、たったそれだけの話だ。しかも、約3時間という長さである。僕は、あまりのおかしさに、その週に二回も映画館に足を運んだ。とりわけ、映画の途中に突如出現する、ウサギ人間のシーンには、もうこれは笑うしかなく、僕は大声をあげて笑ったのだが、映画館で笑っていたのは、僕ひとりだけだった。「みんな、おかしくないのかな?」と、館内を見渡すと、みんな苦渋に満ちた表情で、眉間に皺を寄せながらそのシーンを眺めていた。みんな、そのシーンに「意味」を求めていた。僕は、余計におかしくなってきた。
 
 僕は、子供のころから、「無意味なもの」が大好きだった。まわりの子供たちが、アニメ「巨人の星」を熱く語っているのを尻目に、僕は、アニメ「モーレツア太郎」に登場するキャラクター達に思いを馳せた。子豚だけが子分という「ブタ松親分」、どう見てもタヌキにしか見えないが人間を装う「ココロのボス」、「毛虫+サロンパス」という、作者赤塚不二夫のウルトラC的命名による「ケムンパス」…。かつて佐藤伸治(@フィッシュマンズ)は、名曲「BABY BLUE」の中で、「意味なんかないね、意味なんかない」と言ってのけた。

 およそ表現されたものの中に、「意味」などないのである。むしろ、そのことこそが、「表現」という行為を担保しているのではないだろうか。そこに「意味」を求めてしまうというのは、筋違いというもので、まったく次元の違う話になってしまう。そう、世界は、記号で満たされているのかもしれない。

 「ツイン・ピークス」の最終章は、「25年後にまた会いましょう。」という思わせぶりなセリフで終わる。そして、約25年の年月を経て、今週から「ツイン・ピークス The Return」が始まる。しかも、全18話、すべてデビッド・リンチがメガホンを取るそうだ。あの奇怪な登場人物に再会できるかと思うだけで、年甲斐もなく、すでにワクワクしている。

 

 

 

「この世界の片隅に」(井上英作 2017年1月11日)

僕は、今日元気がない。今日、テアトル梅田で、奥さんと映画「この世界の片隅に」を観たからだ。映画が終わり、僕はことばを失った。ことばが見つからなった。僕たちは、20分ほど、お互いに押し黙ったまま、地下鉄「梅田」駅へと向かった。お腹が空いたので、阪急三番街のうどん屋に入り、店員に注文を伝え、ようやく今日観た映画について話を始めた。

僕はよい芸術作品に出会うと、決まって元気がなくなる。例えば、村上春樹の本を読んだあとなどがその典型で、お腹の中に鉛を含んだような感じが一週間ほど続き、徐々にすこしづつその鉛が溶けていく。僕は、この元気のなくなる感じを味わいたくて、良質な芸術作品を探しているといっても過言ではない。

映画「この世界の片隅に」は、敬愛する映画評論家、町山智浩を、2016年世界で一番よかったと言わしめ、僕の大好きなアーティスト、高橋幸宏、こだま和文が、わざわざ映画館に足を運んで観たということで、僕も観ないわけにはいかなかった。

この映画は、所謂「戦争映画」である。しかし、「戦争映画」といっても、例えば「地獄の黙示録」に代表されるような、兵士を描いた「戦争映画」とは全然違う。この映画は、19才の普通のどちらかというと、かなり鈍くさい女の子の眼を通して描かれた戦争だ。主人公の女の子を中心とした呉市を舞台にした、ごく普通の生活、結婚、義姉の意地悪などが、テンポよく描かれる。「世界」で戦争が始まっていようが、市井の人たちは、モンペを補修したり、料理を作ったり、井戸に水を汲みにいったりと、毎日の日常生活の方が重要で、戦争に日本が勝とうが負けようが、それほどリアリティはなかったのではないだろうか。しかし、戦争という理不尽な暴力は、どこまでも非情だった。そんな、ごく普通の人たちにも容赦なく襲い掛かってくる。主人公の女の子にとっての戦争とは、広島に落とされた原爆でもなく、8月15日にラジオから流れた玉音放送でもなく、失った右腕そのものが、戦争すべてだった。戦争は、決して一般化されることなどできるはずもなく、100人いれば100個の戦争が存在するのである。

そして、この映画のもう一つの大きな特徴は、製作費の一部をクラウドファンディングという手法を用いて資金を捻出したことにある。広告代理店、TV局など既存のメデイァからの資金を断ち切り、作家性を全面に押し出すこの手法は、今後、映画製作方法の転換に大きく寄与することになるだろう。さらに、うれしいことに、この映画は、口コミで、評判が広がり、じわじわと興行収入を伸ばしたうえ、2016年度キネマ旬報ベスト・テン第一位を、アニメ作品として28年ぶりに獲得した。僕たちは、もう、広告代理店やTV局など既存のメディアがいいと思っているものを、評価していない。むしろ、クラウドファンディングに参加した人たちの知性に敬意を表する。

安倍首相は、年初のTVのインタビューで、お正月休みの過ごし方について質問を受け、映画「海賊と呼ばれた男」を観て感銘を受けたと答えていた。「海賊と呼ばれた男」に対して、僕は何の恨みもないが、少なくとも、今、安倍首相が観ないといけないのは、この作品ではないだろうか?

自分の嗜好が偏っていることに、僕は、自覚的なつもりでいるので、自分の好きなものを、あまり人に勧めたりしないのだが、この映画は、ぜひ、一人でも多くの人に観てもらいたい。本当に、そう思う。

「Fantôme」(井上英作 2017年1月7日)

Fantôme。フランス語で「幻」、「気配」などを意味する。宇多田ヒカルの8年振りの新作のアルバムタイトルだ。

宇多田ヒカルの曲を最初に聞いたのは、1999年の冬、言わずと知れた名曲「Automatic」だった。その頃、僕は当時としては若くして管理職になり、管理職の難しさに悶々としていたころで、この曲のことは、今でもはっきりと覚えている。宇多田ヒカルの偉大さを挙げればきりがないが、僕が、最初に驚いたのは、その言葉の使い方だった。「Automatic」の出だし部分、「七回目のベルで」を「な なかいめのベ ルで」というようにことばを分解し、その意味を取っ払ってしまったのである。それ以前に、桑田佳祐が、繋がりのない言葉を繋げる手法(勝手にシンドバッドなど)により文章を解体しことはあったものの、宇多田ヒカルは、それ以前のことばの持つ意味そのものをなくしてしまった。しかも、15才という若さで。僕は、凄い人が出てきたなと、妙に感心してしまった。

そして、昨年、宇多田ヒカルは、8年ぶりに新作「Fantôme」を発表する。音楽の趣味が、とても偏っていることに自覚的な僕は、もちろん、そんなことなど知る由もないが、昨年末のTV番組「SONGS」で、このアルバムのことを知る。TV画面の向こう側で、歌を歌う宇多田は、歌詞を発するのをためらいながら、それでも、一言一言をとても大事にして、丁寧に歌っているように見えた。そこには、ことばを解体し続けた宇多田はいなかった。その番組を観て以来、年末から年始にかけて、僕たち夫婦の話題は、専ら、宇多田ヒカルのことばかりになってしまった。年越しそばをすすりながら、旧友と焼き鳥を食べながら、録画した「SONGS」を酒を飲みながら何度も見て、僕たちは、宇多田ヒカルの話ばかりをして休日を過ごした。

中でも秀逸な作品が、このアルバムの代表曲「道」である。この曲は、宇多田本人も言っているように、亡くなった母・藤圭子に捧げたものである。宇多田は、「始まりはあなただった」ということを認めた上で、サビの部分では、「lonley」と「not alone」を執拗に繰り返す。さらに、「目に見えるものだけを信じてはいけないよ」と言ったうえで、「あなたの声が聞こえる」と言い放ってみせる。言うまでもなく、この曲は、死者のことを歌った曲である。

中島らもの名著「頭の中がかゆいんだ」の中で、「「生」の反対語は「死」ではなく、「生きていない」ではないのか。「生」に対し、「死」という概念を持ち込んだために話が面倒くさくなった。」というくだりがあるが、僕もまったくそのとおりだと思う。宇多田は、この8年間の間に、、母を失い、子供を産んだ。そんな宇多田にとって、「生」と「死」は対立するものではなく等価なもので、また、不在となってしまった母(=死者)を身近に感じることで、初めて「生」を実感したのではないだろうか、僕は、そんなふうに考える。だから、宇多田には母はすでにそこにはいないから「lonley」だけど、死者の「気配」がいつもそこにあるから「not alone」なのである。母は、「気配」として、彼女にずっとつきまとうのだ。「死ぬのはいつも他人ばかり」と、寺山修司はデュシャンのこのことばをよく引用したが、宇多田にとって母は、死んでいなかったのである。

 

僕もこの年になり、身近に死を体験してきたからこそ、こういうように考えることができるようになったわけだが、宇多田ヒカルは、30代にして、このことに気づき、そして、そのことを自分のことばで表現している。

宇多田ヒカルは、「かっこいい」。

 

 

 

 

 

 

かっこいいとは何か その2

土曜日の朝、このTV番組を観てから出社している。その番組とは、「サワコの朝」である。阿川佐和子がゲストに、思い出に残っている曲を2曲選ばせ、その曲についてトークを展開するというものだ。音楽至上主義的考えの強い僕は、毎週、ゲストの選ぶ曲のセンスの悪さにがっかりして、家を出るのである。ならば、観なければいいのだが、人間というのは、そんな単純な生き物でもないらしい。

若いころ読んだ中島らものエッセイに、その人を知るためには、その人の家へ行って本棚をみればいいというようなことが書いてあった。僕もこの意見にまったく同意するとともに、さらに付け加えるなら、音楽の趣味が、その人の持っているセンスそのものだとも思っている。偏見もいいところだが。同じような番組で、「ミュージック・ポートレート」というのがあり、その番組に出演した山本耀司が、中島みゆきの曲を選んだときには、なんだか少し残念な気がした。普通だったからである。

さて、先週の「サワコの朝」のゲストは、島田順子だった。島田順子というのは、ファッションデザイナーで、僕らの世代にとっては、「いい女」が着る洋服のデザイナーとしてあまりに有名である。当時の、「いい女」は、ワンレングスに、「49AV.JUNKO SHIMADA」のロゴの入ったブティックで手に入れた紙製の大きな袋を肩からかけて、街をさっそうと歩いていたのである。そんな時代も、かつてこの国には存在した。

番組の冒頭で、阿川佐和子が島田順子のことを、「あこがれる大人」というふうに紹介した。阿川佐和子が、いくつかは知らないが、少なくとも僕よりは、たぶん年上だと思う。そんな年齢の彼女が、いまだに「あこがれる」島田順子に、僕は、俄然興味を持った。そして、この番組の中で、彼女が選んだミュージシャンは、マリアンヌ・フェイスフルとボブ・ディランだった。過去、この番組でセンスいいなと思ったのは、建築家の伊藤豊雄ぐらいだったので、彼女の趣味の良さに僕は興味を覚え、「かっこいい」と思った。

島田順子は、番組の中で、自身のファッションに対する哲学を滔々と語っていた。彼女にとってファッションとは、自己をいかに解放していくのか、その手段であると言っていた(たぶん)。僕は、目から鱗が落ちたような気がした。彼女に言わせると、自分が着たいものを気にせずに着れば、それで洋服は十分その役割を果たしているらしい。彼女は、何かを表現するためではなく、自分がいかに自由になれるかを目指して、洋服をデザインしていたのである。彼女にとって、洋服の向こう側に見えているのは、「自由」だった。

前回、同じテーマで、僕はアーティスト「こだま和文」を題材に、「かっこよさ」の定義について、表現における身体性だと私見を述べたが、今回、島田順子の話を聞いていて、そこに「自由」を加えてみたいと思う。

今まで、ずっと分からなかった「かっこよさ」の輪郭が、おぼろげながら少し見えてきたような気がする。明日も、出社前に「サワコの朝」を観てみよう。

 

「趣味は?」

 「趣味は?」

 人からよく聞かれる代表的な質問だ。いまだにお見合いの席では、この質問が発せられるのだろうか?

 僕はこの質問に対して、例えばコンパなどでは、「映画」と答えていた。本当は、「音楽」と答えたいところなのだが、自分の音楽の趣味が、あまりに偏っていることに自覚的だったので、こう答えるようにしていた。

 10代の頃のあるコンパでの会話。

 「趣味は?」
 「映画かな~」
 「へぇ~。「トップガン」観た?」
 「観てない」
 「じゃぁ、「ハスラー」は?」
 「それも観てない」
 「映画好きなんでしょう~。全然観ていないね。最近、何観たの?」
 「死霊のはらわた」

 その子は、僕と反対側に座っている、ともだちと話し始めていた。

 音楽に対する自分の偏りには自覚的だったが、映画へのそれが、そんなに偏っているということの自覚がなかったのである。若いというのは、そういうことだ。

 さて、「趣味」の話だった。その人を知る、最初の質問として、一番手っ取り早いのが、「趣味は?」だと、世間では思われているようだが、僕は、違うのではないかと思っている。実は、趣味は、その人をなにも表現していないのではないかという気さえする。それは、ロジェ・カイヨワが「いかなる富も、いかなる作品も生み出さないのが、遊びというものの特徴である。」と言っているように、遊び(=趣味)は、生産的ではないからである。以前、近所にあったスペインバルの店主の趣味は、僕と共通するところが多かった。サッカー、村上春樹、山登り、コムデギャルソン…。僕は、この人とどこまで親しくなれるのか、ワクワクしたが、それほど、親しくはなれなかった。一方、自分の周りにいる、親しい友人のことを考えてみると、ほとんど接点らしきものがない。代表的なのは、中学一年からの幼馴染。家にいることが大好きで、大酒を飲み、本を読むことの好きな僕とは対照的に、彼は家にいると気がおかしくなるそうで、宴会が大嫌いで、この年になるまで、多分、本など読んだことがない。ただ一つ、僕たちに共通しているのは音楽だが、お互い好きなミュージシャンは同じなのに、そのミュージシャンの好きな曲は、まったく一致しない。今さらながらであるが、僕と彼は、趣味でつながっていたのではなかったのである。では、何で?それは、僕と彼が過ごした膨大な時間だと思う。昔、観た映画「メイン・テーマ」(@森田芳光)の中で、桃井かおりが、嫉妬深い若い薬師丸ひろ子に向かって、こう言う。
「私にあって、あなたにないものが、あなたにはわかる?それは、私たち(桃井かおりと恋人)が過ごした時間よ。」

 おそらくだが、その人の本性が、一番露わにになるのは、趣味ではなく仕事ではないかと僕は思っている。たまに、お菓子作りが趣味のお客さんに、手作りお菓子をいただいたりすることがあるが、そのなんとも言えない「もの足りなさ」こそが、「趣味」の本質では、ないだろうか?ストリートで演奏しているバンドしかりである。「趣味」には、責任がなく、「仕事」には責任がつきまとう。だから、僕は、お金を払って、村上春樹の本を買い、こだま和文のライブを観に行くわけである。

 世の中には、奇特な人がいるもので、僕のこんなどうでもいい文章を読んでいる人がいるらしい。生身の僕のことを知らない人たちは、僕の文章を読んで、かなり気難しい人だと思っているようで、実際の僕と出会うと、あまりのバカさに困惑するそうだ。別に趣味として、このようにブログを投稿しているわけではないが、何一つ責任がないという意味では、「趣味」といえるかもしれない。

 先日、ある人から、某作家が鬱病だと聞いた。僕は、驚いた。その作家の世間的なイメージは、自由奔放な「趣味の世界に生きている人」だったからである。僕は、思った。きっとこの作家は、元々は趣味だったものを仕事にしたことにより自滅してしまったのだろう。趣味が、それほど自滅に追い込むことなどないだろうから。

 誤解してほしくないが、僕は何も「趣味」を否定しているわけでは決してない。ただ、「趣味」は、世間で思われているほど、価値のあるものではないと言っているだけである。

 どうでもいい話を、くどくど書いてしまった。なぜこんなことを僕が書き始めたかというと、朝日新聞の朝刊で毎日掲載されている、鷲田清一の「折々のことば」に、ロジェ・カイヨワの言葉を発見したからである。