カテゴリー別アーカイブ: 稽古日誌

2019年 春合宿(凱風館 @神鍋)

2019年凱風館春合宿が終了。
清道館からは、5名が参加し、うち女子1名、男子2名が昇段審査を受けて、全員無事、初段になりました。
おめでとうございます。
清道館では昇級審査もほぼ終わり、2019年春の審査は(体調の関係で受けられなかった1名を残し)完了。
毎回思うことですが、特に今回の初段審査では「よくここまでになってくれたなあ」という思いでいっぱいになりました。
みなさん、よくお稽古しました。おつかれさまでした。
初段になったということは、あなたは初段の実力があります、という保証ではなく、これから初段に相応しくなるよう稽古に精進してください、そのスタート地点にやっと立てましたね、ということです。もちろん、弐段も参段も全部同じ。
だから、私は初段です、初段の合気道ができるから黒帯もらえたんです、なんて思ってはいけませんよ。
黒帯に恥じないような実力を、あくまでも自分のペースでよいので、つけて行くことを「一つの」目標において、益々稽古に精進してください。
よろしくお願いします。(すでに初段、弐段のみなさんも、です)

今回の合宿、内田先生の稽古のテーマは「皮」だった。つまり皮膚のことである。
面白かった。皮膚が体感に通じている。明らかに通じている。
少し前から清道館でもこのテーマで稽古しているけど(「指紋」とか)、
あれこれ面白い発見の連続だった。
続きはまた道場で。

一番みなさんに伝えたいと思ったのは、
「相手に自分が思う通りに動いてもらうには、相手の体を丁寧に扱う」ということ。
多田先生はこれを「ストラディバリウスのような上等の楽器を扱うように」と表現される。
内田先生は続けて「敬語とはそのためにある」と仰った。達見である。

ぞんざいに扱っては壊れてしまう古い上等な楽器は、丁寧に扱い正しく弾くと、よい音、素晴らしい響きを出してくれるのだ。
人間も同じ、合気道も同じ。
よく言われることの一つではあるが、忘れないよう。

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「寺子屋ゼミ」と合気道

アメリカ先住民のことを凱風館寺子屋ゼミで発表した。
ゼミは凱風館が出来て以来参加しているので、7年目、4回目の発表である。
初回は通年テーマが「アジア諸国」で、「ブータン王国がなぜ‶幸せの国″か」、について。二回目は通年テーマ「二項対立」、から「教えることと学ぶこと」につて、三回目は通年テーマ「比較関係論」で、「韓国と日本の自殺率」について、研究発表した。今期の通年テーマは「アメリカ」。

ゼミ生の中には学術系の研究者や専門家、大学教授や学校の先生も多いが、私はド素人である。
言い訳するつもりはないが、発表は毎回、血を吐くようなしんどさだ。
発表の順番さえ廻ってこなければ、寺子屋ゼミはとっても楽ちんでたのしいに尽きる。単なる聴講者として毎回誰かの発表と内田先生の面白い講義を聞いて、すごく勉強した気分になれて、お得なことこの上ない。ところが、いよいよ自分に担当が廻って来て(ゼミ生である以上誰も逃れられない 1.5年に一回くらい廻ってくる)、発表する側になるとこれがたいへんで、もがき苦しむ日々が数週間続く。できません!と途中で逃げ出したくなり、なんで自分はこんな難しくてしんどいことをやってるんだろう、合気道だけやってればいいのに、来年こそはもうゼミやめよう、と発表準備中は毎度心に誓うのだ。が、もがき苦しみながらも何とか形にして、発表を終えてしまうと、これが不思議なことに、やり終えた達成感や解放感とともに、「やったらできるやん私」的なある種の全能感に包まれて、次年度のテーマが発表されると、次は何にしようかな、この調子で勉強を続けようかな、などと思ってしまうのである。ま、単なる自己満足と錯覚なので、三日もたつとすっかり元に戻るのだが。

この感覚は、山登りに近い、と夫が言っていた。確かに。山登りの感覚は私にも経験がある。登っている最中は苦しくて、なんでこんな危険で大変なところにきてしまったんだろう、二度と来るまいと思うのに、登り終えると次は装備にあれをもってこようなどと考えている。そんなことをするのは人間だけで、動物は絶対しないだろう。そんなこんなで、もう7年、4回目を終えたわけであるが、やっぱりしんどかった。そして今また不思議な錯覚のなかで、来年のテーマについて考えたりしている。
なんでもそうだと思うが、限界を超えると、新たな地平が見える、もんである。

合気道には日々発見がある。
合気道も私をいろいろな限界に連れて行ってくれる。
「心の研究をする者は体の研究をし、体の研究をする者は心を研究しなければならない」
と昨夏のラスぺチアで多田先生は仰った。

これまでは順番が廻ってきてやむを得ず、だったが、今回初めて自分から手を挙げた(そしてもちろん途中で後悔した)。
すでにアメリカ先住民について発表された方の後を受けて、しかも今期の最終回というハードルの高さだったが、思い切ってやってよかった。
「アメリカ先住民」のことを、私はこれまで何も知らなかった。
「自分が何について知らないか、を知ることが、知性の働きである」@内田樹
知らないことが多すぎる。

ゼミの打ち上げの席で内田先生が話された「大事なこと」に今もやもやしている。
まずは『私家版 ユダヤ文化論』内田樹著
を読み直す。
私にとっては合気道も寺子屋ゼミも、たのしくて時に苦しい「修行の場」なのである。

行ってきます

みなさん、こんにちは。井上です。

毎年7月の1ケ月間、井上はヨーロッパに合気道武者修行に出かけます。
よりまして、今年も7月一杯は井上は不在となりますので、申し訳ありませんが、7月のお稽古は担当者による代稽古、または自主稽古となります。
(なお数か所変更になってますので、再度ご確認ください)

今年は1か月をかけて、イタリア、オランダ、フランス、セルビアを巡ります。
イタリア、フランスでは多田先生の気の錬磨と合気道の稽古、オランダやセルビアでは、マエストロ・ズッコ他、ヨーロッパ各地の合気道家と技を交えて研鑽を積んで参りたいと思います。
日本の武道なのになぜヨーロッパ?と思う方もいるでしょうが、多田先生は1964年にかの地に渡られ、合気道を広めてこられました。ことにイタリアには長くおられ、苦労されてイタリア合気会を立ち上げられたという経緯もあり、50年来の、多田先生を愛してやまない熱心なお弟子さんたちが向こうにはたくさんいらっしゃいます。毎年、行くたびにヨーロッパの合気道家たちの稽古熱心さ、合気道への愛情と造詣の深さに刺激を受けますし、合気道の世界の広さに驚きます。
一か月間、向こうでで得たすべてを持ち帰って、清道館のみなさんに伝え分かち合う、その責任を背に、修行三昧の覚悟で行ってきます。

留守中、みなさんには、また代稽古を担当していただく方々には、多大なご不便とご迷惑をかけ申し訳ありませんが、私が不在でも、合気道を愛する稽古熱心な皆さんは(!)きっと協力しあって稽古を続け、1か月後には互いに大きく成長した姿で再会できると信じています。鬼の居ぬ間に(笑)、和気あいあいと仲良く楽しく稽古してくださることでしょう!

では8月にまた会いましょう。
行ってきます!
井上清恵

5/26木 石橋

日にちが少し経つと、稽古で何をやったか思いだせない。
ちょっと昔ならこんなこと絶対覚えてたのに、というようなささいなことも段々覚えられなくなってきた。
とほほ。情けないことである。

石橋ではたぶん、逆半身片手だった。
その次の金曜日は、諸手取りだったはず。
受けに呼んだK君に、もっと偉そうに取りに来いと言った覚えが。
そうだ。逆半身片手、入り身転換からのだ!
思いだしてきた。(全然違ってたりして!)

回転、転換、入り身回転、入り身転換、入り身転換90度

入り身転換の脚の稽古で、後ろ脚に体重を乗せる、をもっと徹底して稽古すればよかった。
この、入り身転換して後ろ脚に体重を乗せて身体は前に、前足を自由に、というのがみんなほんとに苦手だ。
こんどは忘れずにやらなくちゃ。

呼吸投げ一番
入り身転換から
入り身投げ
小手返し
四方投げ
一教
天秤投げ(じゃなかったような・・・う、思い出せん。誰か覚えてたら教えてください)

石橋のこの場所は、何度も書いているがほんとに「気」がよい。
部屋は狭いし天井は低い。
畳じゃなくてマットなので、敷くのも大変だしよく動く。
それでもあまり気にならない。
日が高くなる今からの季節は、稽古が始まる時間にちょうど、川向うに夕陽が落ちるのが、西全面に開いた窓から見える。
それで、正面を西にしている。稽古の初め、沈む太陽に向かって一礼をするのだ。
窓を開けると、川の流れる音がする。
雨の音と川の音、夏や秋には虫の声が入り混じってオーケストラのようになる。
この日も気持ちのいい稽古だった。(ことだけは覚えている)
この場所を見つけてくれた菱田君に感謝!

岡田君里帰りの巻 5/21土

東京から岡田君が2日間、清道館に「里帰り」。
彼はもともと神奈川の出身で、清道館で合気道を始めた。
出身地に転勤で戻ることになり、今は月窓寺や青楓会で稽古を続けている。
その岡田君が、週末、清道館に稽古しに、東京からやってくる。
我々にとっては「里帰り」なんである。
初段に昇段した岡田君に、お免状と黒帯を、私の手で直接渡すことができた。
青楓会の東沢さんにその役目をお願いしないといけないと思っていたところ、本人が来ると言う。
師匠の気持ちがわかる奴だ。うんうん。

というわけで、土曜日の中津。
久しぶりに岡田君と稽古したい!というメンバーが、いつもよりたくさん集まった。

日中の凱風館の内田先生の稽古は肩取りだった。
稽古中、スパークするものがあった。
それは、自分ひとりで思いついたわけではなく、このところ続いた、守さんや甲野先生の講習会で教わった理合やアイデアと、自分がなんとなく考えていたことがぱーっと繋がった、という感じ。
守さんも甲野先生も、講習会で教えて下さるのはどれもすごい技や理合なのだが、もちろん合気道ではない。
合気道にも通じそうなアイデアが毎回繰り出されるが、全てがすぐに使えるとは限らない。
たぶん、私に限らず合気道の人たちはみなそうだと思うが、合気道を通して咀嚼し直して初めて、そのアイデアや理合が「わかる」。
めんどうだけど、仕方ない。
内田先生の稽古中、そういったものがいくつか、パチパチっと繋がった。

さっそくその後の清道館で、内田先生の稽古の復習を兼ねて、それらを肩取りで試してみる。
こんなふうに、内田先生の稽古で「これってこうじゃないかな?」と思いついたことを、すぐ後、自分の稽古でみんなを動員して試すことができるなんて、本当にありがたいことだ。ご協力ありがとう!と言いたい。

肩取りの足捌き 入り身転換で内側に捌く
肩取り入り身投げ 内側に捌く→下段に切る→裏に入る→転換→投げる
甲野先生の不思議な入り身投げ、守さんの「かかと重心」と、ここのところずっとやってきた多接点少圧力、腰の回転&体軸の移動。
これらが全部、今のテーマ「一本足」に繋がった。

相手の左右のバランスを崩して一本足になった瞬間に仕事する。
相手をどう一本足に導くか。当然、小手返しも、一教も、四方投げもたぶん同じ。

入り身投げでは、相手の顔を横または上に向けて二の腕につける。
これも難しいことに、一本足にしてやろうとか、顔を横にむけてやろうとか、バランスを崩してやろう、などと意図的にやってもできない。
いかに、動きの中で、気の流れに巻き込まれる中で、自然に圧なくやるか。

そのために使う様々なメタファー、例えば、「向こうにブラックホールが空いていてわーっと吸い込まれる」とか、多田先生の「アイスクリームをスプーンですくう」といった、喩え、物語の中に、いかに自分を騙して投じることができるか。
甲野先生いわく、その演技力、芝居力がものをいう。
そうだ、メタファーを提示できないと、自分の身体も「騙せない」し、みんなにも伝わらない。

内田先生の二部の稽古が正面打ち小手返しの返し技だったので、インスパイアされて、後半は返し技をやってみる。
今日は土曜日だし。

肩取り一教からの返し技で一教 返し技をする時の足踏みの変化が要
肩取り入り身投げからの返し技で
 裏へ入って小手返し
 上段で入り身投げ(下段でも可)

稽古の後は岡田君を囲んで、いつもの「いこい」で「おかえり~!」の乾杯。
今日も少し飲み過ぎたようだ。

5/15 阿波座

清道館では今まで大学生が最年少だったが、その記録が一気に更新されて、昨日、中学生の女の子が入門した。

凱風館でもそうだが、繊細な硝子細工のような体躯を持つ人が一人でも場に入ると、さーっとみんなの感度が変わる。
壊さないように傷つけないように、こちらも感覚を細かく割って、相手の柔らかくて壊れそうな体感を追うことに細心の注意を向けるようになる。
このとき力や身体の大きさや強さ、筋力といったものは使えず、むしろ邪魔になる。
この時点ですでに「柔らかくて繊細な相手」に「場を主宰されて」しまう。
繊細で柔らかい方が優位、なのだ。

このようにして、体感は同期する。
こちらが繊細で柔らかいと、相手もそうなる。
こちらががっつりだと必ず相手もがっつりになる。

相手が繊細で壊れやすいと、こちらも身体を細かく割り、感覚を鋭敏にして相手の体感を繊細に追う。
これを、身体が大きく強い相手、力で拮抗しようとする相手にも、同じようにやる。
この時に追うのは相手の強さではない、相手の力感やを確認して追うのではない。
強くて大きくてがっつりした相手をこそ「繊細で壊れやすい」ものとして、そういうものとして、追う。
うまく言葉にできなくて申し訳ない。
二次元の時系列である言葉には還元できない感覚のほうが殆どなので、仕方ないのである。

受け身の稽古
<両手取り>
天地投げの地の手
天地投げの天の手
天地投げ
足捌き、回転、転換、入り身転換180度/90度、入り身回転
四方投げの手捌き
四方投げ
入り身投げの入り身
入り身投げ裏
入り身投げ表
一教 入り身転換/二本引き

土曜日の守さんの講習会。
合気道では投げ技などで、後ろ脚のかかとを畳に付ける。
私も門人にしつこくかかとを付けろという。
その理由については、力がすっぽぬけるから、とか力が通らないから、などと説明するも、感覚的なものしか自分にはなく、いまいち明確な確信がなかった。
しかし守さんの昨日のテーマはその重要性を裏付け、さらに目から鱗が落ちるものだった。
さっそくできることから稽古で試してみる。
まずは呼吸合わせの後ろかかと重心。
実は私自身は以前からずっとそうやっていたのだが、確信を得たのでみんなにもやってもらう。
後ろに重心をかけて前足を仮足にして自由に、という動きがなぜかみんな苦手だが、これで克服してくれるかもしれない。
また入り身投げの重心はどうしても母子丘側にかかる、これを自身で修正してみる。
佐藤君のようなしっかり重量感の相手を投げた時のバランスが明らかに変わった気がする。
四方投げの重心は前脚にかけるが、前傾してしまうと後ろの重心が浮いてしまうので、これは今後要検証だ。
守さんの教えは毎回毎回が新しくてしかもすごい。自分の合気道にとって実に有益で多大なヒントをくださる。ありがたいことだ。

そして今日は甲野先生。
今日も宝箱がひっくりかえされるに違いない。
この方たちはいったいどうなっているんだろう。

5/11中津,5/12石橋,5/13阿波座

5/11中津
足捌き 1,2A,4 回転、転換、入り身転換、入り身回転、転換回転
受け身 後ろ受け身、前受け身、
剣 中段(脚を出す・引く)、前後切り中段・下段、回す(脚を出す・引く)
<肩取り>
入り身転換で脚を捌く 手の内で気の風船、
四方投げ
下段から入り身投げ

5/12石橋
足捌き1、2A、4、歩み足、回転、転換、
<逆半身片手取り>
呼吸投げ 手の軸回転
(歩み足からの)
入り身投げ 
小手返し
表に入って下段に切る 入り身投げ
表に入って上段に切る 一教
四方投げ

5/13阿波座
足捌き4、5、6、7、回転、転換、入り身、入り身転換、転換回転、入り身回転
受け身 前受け身、後ろ回転受け身
剣 中段(脚を出す・引く)、前後切り中段・下段、回す(脚を出す・引く)
6種の転換 テーマ「鯉の滝登り」
<諸手取り ~転換から>
転換の稽古
下段・上段に切って入り身投げ
下段裏に入って小手返し
下段表に入って小手返し
四方投げ
一教
二教
内回転三教