合気道って何?

≪合気道って何ですか?≫

という質問をよく受けます。

合気道は日本固有の武道ですが、一般的な他の武道とは異なり、強弱勝敗を論じません。

護身術と捕らわれがちですが、少し違います。

健康法の一種ですか?ともよく聞かれます。

確かに、適度な、時には激しい有酸素運動ですから、私は合気道を始めて明らかに健康になりましたし、結果的に、護身にもなり、身体によいのは間違いありません。が、それだけではないのです。

ことに私の師匠である内田樹先生の教えは、体がよろこぶこと、「気持ちいい」と感じる身体運用こそが真に強い、という理念に貫かれています。

合気道の稽古は「受け」という「仮想の敵:自分を攻撃してくる相手」を設定して体系化されていますが、内田先生、またその師匠である多田宏先生(ただ・ひろし1929-、公益財団法人合気会本部道場師範、イタリア合気会最高師範、九段)の合気道では、その攻撃してくる相手と対立するな、「同化」せよ、と教えられます。

この、攻撃してくる相手と「同化」=「合気」すること、それまで「敵・異物」であった相手が自分の一部と化すことで敵は的ではなくなる、すなわち「天下無敵」となる、という究極の最強を目指すのです。

多田先生は仰います。
多田先生が師事された合気道創始者、植芝盛平大先生がお創りになった合気道の目的は、「命の力を高めること」であると。

我々をとりまく大宇宙を動かしている大きなエネルギー「気」を、呼吸法という技術によって取り入れ、合気道の技を通して「命の力」を高める。

合気道の理合は日本古来の剣の術に由来しています。武士の時代、日本の侍たちによって長い年月と命をかけて研鑽された刀の技術は素晴らしく、700年もの歳月をかけて洗練に洗練を重ね、合気道はこの剣術身体運用を、開祖植芝盛平(うえしば・もりへい 1883-1969)先生によって体術に応用されたものです。

また稽古の中で大変時間をかけて行われる「呼吸法」は「禅」にも深く通じていて、欧米では「動く禅」とも言われます。まさに日本が誇れる身体の芸術なのです。

というと難しく聞こえるかもしれませんが、稽古そのものはけっして難しくありません。体の緊張を緩め、呼吸によって「気」を充電し、全身の感度を上げ、技すなわち「型」を繰り返し稽古します。体のこわばりと同時に心の執着を解放し、本来人間誰もが持つ潜在的な命の力を高めてゆくのです。

「同化」する、つまり相手と融合して技が決まるとき、技が上手く行ったときほど「技がかかった」という感じがなく、受けを取る相手も、気がついたら畳に転がっていて、投げる方と投げられる方のどちらもがじつに気持ちいいのです。この「気もちいい」身体運用をめざす我々の合気道では、相手を痛くしたり、強く投げつけるようなことはよしとされません。ですから老若男女誰でもみな一緒にお稽古できます。逆に筋力のない女子や子供、学校体育や運動が苦手だったの人ほうが、身体的優位性や筋力や運動神経に頼ることができない為、逆に正確に深く理合に習熟し、驚くような上達を見せることが少なくありません。

実際、私が修行してきました道場、合気道 凱風館でも、10代から70代までの男女が共に同じ畳の上で、日々楽しく切磋琢磨しています。

普段やったことのない体の動かし方をするので、初めての方は難しいと感じるかもしれませんが、稽古していくうちすぐに誰でも、「こんな風に自分の体が動くのだ」ということに驚くはずです。

そうやって自分の技を磨くうち、気がつけば自分自身の「殻」を破っていくのです。「技や身体のブレークスルー」が「自分自身のブレークスルー」をもたらすときの得も言えぬ快感、これをひとりでも多くの人に味わっていただきたいのです。

長くてすみません。なにより合気道はおもしろいのです。他には何ひとつ習いごとが長続きしなかった私が言うのですから間違いありません。

合気道を始めるにあたっては準備も経験も要りません。まずは体験してみてください。

私の恩師 内田樹先生の合気道は、その師匠である多田宏先生、さらに多田先生が直接薫陶を受けられた合気道開祖 植芝盛平先生の流れをくむものであります。内田樹先生が合気道とその歴史や意味について、下記の合気道凱風館サイトで詳しく解説されておりますので、興味のある方はぜひご参照ください。

(「合気道とは」内田樹 https://sites.google.com/site/konanaikikai/readme-1/readme01

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