月別アーカイブ: 2015年1月

1/12にお問い合わせくださった、稽古見学ご希望の方へ

1/12に、清道館HPに問合せを頂いた、2月に稽古の見学をご希望の女性の方、

メールは拝受いたしており、書いて頂いたアドレスに返信を何度かお送りしましたが、送られずに返ってきてしまいます。
書かれていたメールアドレスが間違っているかもしれないので、もしよろしければご確認いただいて、もう一度ご連絡くださいますか。

HPのシステム上、問合せメールにそのまま返信することができませんので、
ご連絡の取りようがなく、このような形でお知らせさせて頂きますことをご容赦ください。

井上

フランシーヌの場合  井上英作(宴会方)

フランシーヌの場合

音楽に囲まれながら今まで生きてきた。タワーレコードのコピーではないが「No Music No Life」な生活である。そんな僕が初めて覚えた「大人の歌」がこの曲である。調べてみると、1969年6月に新谷のり子と言う人が歌い、ヒットした曲らしい。つまり僕は、この曲に3才10ケ月で出会った計算になるが、まさかその年齢で覚えたはずはなく、その後に覚えたのだろうとは思うが、とにかく、自分の音楽歴を遡っていくと最終的にはこの曲に辿り着く。

 この曲は、パリで政治的抗議により自殺した一人の学生のことを題材にしたもので、当時の政治的に不安定な時代背景を反映した、極めて政治色の強いものである。そんな社会的な曲が、僕の音楽生活のスタートとは、自分でも以外な感じがする。

 僕はこの曲を聞くと、今でも幼いころの心象風景が鮮やかに甦る。それは、一言で言えば、「貧しさ」である。

 当時、僕たち家族は、3Kの長屋に家族3人で住んでいた。家の前をドブ川が流れているため、時折悪臭が立ち込め、風通しも日当たりも悪い暗い家だった。トイレは汲み取り式で、辛うじてお風呂はあったものの、洗面所などあるはずもなく、台所で歯を磨き、顔を洗った。もちろん、エアコンなどあるはずもなく、夏の暑さ、冬の寒さが本当に身にしみた。また、当時子供の着ていたものなど、素材も悪かったため、夏の暑さ、冬の寒さに、更に拍車をかけた。時々、母の作る晩ご飯のメニューの少なさに、僕が不満げな態度を取ると、烈火の如く怒られた。それは、明らかに「叱って」いるのではなく、「怒って」いたのである。そんなことは、子供に言われるまでもなく、母親自身が、一番身に沁みて感じていたはずで、誰よりも母親が悔しかったに違いない。

 このように、僕の家は決して裕福ではなかった。しかし、僕のまわりを見渡せば、殆ど周辺の家も同じようなものだった。皆が貧しかったのである。1969年といえば、歴史的には、高度経済成長期ということになるのだが、今から振り返ってみても、そんな実感は、全くと言っていいほどない。その貧しさは、言うまでもなく、日本が戦争に負けたことによるもので、僕が子供の時には、その傷跡が、まだ周辺には残っていた。

 子供のころ、僕は片足のないおじさんを町でよく見かけた。スラックスの右足部分の真中あたりから半分に折り曲げ、松葉杖をつきながら歩いているのを、何度も何度も見かけたものである。母に聞くと、戦争によるものだと教えてくれた。また、時々、母の買い物に連れられ繁華街へ出かけると、軍服を着たおじさんが、足元に金タライを置き、頭を下げながらお金を乞う光景を時々見かけた。まだ、戦後は終わっていなかった。

 今、この曲を聞き直しても、夏の西日で充満されたあの長屋の二階の部屋のことや、歯をがくがく震わせながら、母と停留所でバスを待った真冬の寒い夜のことなど、あのときのあの体感をありありと感じ取ることができる。

 僕は、この曲と出会ったことで、初めて「社会」と出会ったのかも知れない。だとすれば、この曲が社会的なものだったことは、ただの偶然ではないだろう。

合気道的スキーについて

今年もス道会に行ってきました。
清道館からも二名(佐藤君、岡田君)の参加者があり、総勢37名、去年の3倍の人数で、一泊二日、蟹付きのイベントは大盛会でした。

スキーと合気道は似ている。これは内田先生も、ス道会を仕切る谷尾プロも仰ることです。
体重移動や、股関節や膝の使い方、一つ先の自分をイメージしてそこに体を放り込む、など共通点が多く、「スキーが上手くなれば合気道が上手くなる」、という谷尾プロの甘い言葉に乗せられて、20年ぶりぐらいにまたスキーを始めたのが3年前。高橋圭三先生というちゃんとした指導者にちゃんと教えてもらうようになって、今年も4回目のス道会となりました。(ちなみに谷尾さんは本当のプロではないのですが、私から見ればプロの称号に値するスキー技術の持ち主でありますので、敬意を表してこう呼ばせて頂きます、あしからず)

さて、今年。4回目ともなれば、相当上手くなったと思われるでしょう、というより自分ですっかりその気になって今年は挑みました。
なんてったって、去年はマイ靴、今年はなんとマイ板を購入しての参戦ですからね。
(しかも、高橋先生の更にお師匠様である丸山先生のご指導までも、一昨年、昨年と2度も受けたのです!私の板は、その丸山先生のお見立てなのであります!!!)
てなわけで、私の鼻は3倍ぐらいに膨らんでいたと思うのですが、雪面に立つやその鼻はぺしゃんこになりました。
だって難しい。スキーは本当に難しいです。あたりまえですけど。

今年ゲレンデで気付いたのは、使えないと思っていた(そのせいで膝を痛めている)左の股関節、よりも、実は右の股関節のほうが体重を乗せにくいということでした。右股関節を使う左から右へのターンの際、体重が乗りきらないので体を捩ってしまう。
明らかに、左の股関節に乗る方のターンとは違う、これは合気道の稽古では今まで気付かないことでした。

合気道はフラットで動かない、柔らかな畳の上で身体を操作します。
スキーでは当然ですが斜面ですから、この雪面の上では常に体重が正確に板に載ってないと滑って転んでしまう、とても不安定な状態。
しかもその雪面は斜度、幅、雪の深さや硬さ、こぶの有無などコンディションは刻々と変わる。天候も分単位で変わるので視野や視界が突然悪くなる。様々な条件が一瞬一瞬で変化していくのに対応する、重心をピンポイントで移動させていく、そういう身体運用を求められるわけです。頭で考えている暇はない。一瞬でも操作を誤ったり、気を抜いた途端、激しく転倒したり、谷へ落ちてしまう危険と常に隣り合わせで、ものすごい集中力を持続しなくてはなりません。もちろん私の今の技量では、ですが。

合気道では「受け」の人が技を受けてくれます。相手は人間ですが、受け人の体格や技量や性格(笑)や様々な条件によって技は変わります。
スキーではその「受け」が山なのです。山と言う厳しい自然を相手に、つまり「受け」にして稽古している訳です。
合気道でもどうしようもない、技がかからない難しい相手はいます。が、雪山ほど厳しい「受け」はいない。
どんなに激しい技でも、安定した畳の上では基本的に大きな怪我や命を落とす危険まではない。

上手く滑れた!と思っても、次の瞬間にちょっと斜度や幅や雪面の状態が変わるだけで全く通用しなくなる。
ほんとに、簡単には「受け」をとってくれないのです。

ス道会に出会うまで、実は長年、スキーの何が面白いのかと思っていました。
だいたい、スキーや陸上競技、水泳といったスポーツは、球技や格闘技に比べて孤独に見えます。
己の記録の更新を追求することがひたすら面白いのかも、ぐらいに思っていました。確かにそれも面白いと思います。
陸上や水泳はわかりませんが、少なくともスキーの面白さは、山とは相当厳しい「受け」と同じであるという意味においては、合気道のそれにかなり近い、というのが今回の大きな実感です。
それはイタリアや、多田塾の合宿や本部道場の稽古で、すごい先生や先輩にバンバン投げられる時の感じや、自分の技が全くかからない時の感じと同じで、自分の問題点が浮き彫りになる、課題をくれる。

「こぶ(←これが大曲者)と戦ってはいけません、友だちになりましょう」と丸山先生はにこやかに仰います。
「雪山」という究極の「受け」と対立せず、いかに融和し同化するか。
それこそ多田先生の仰る、対立と執着を捨て「宇宙」と融和し同化する、に通ずる。

スキーの修行は合気道の修行。
ということで、怪我には十分注意して、今年もスキーを楽しみたいと思います。

2月の稽古予定 変更のお知らせ

2月の稽古予定ですが、下記の2箇所を勝手ながら変更させていただきます。
すみませんが、よろしくお願いいたします。

① 2/5(木)稽古場所変更 西スポーツセンター(阿波座)にて18:00~ 剣・杖の稽古
② 2/8(日)二部制に変更 西スポーツセンター(阿波座)にて、
一部:第二体育場15:20~合気道、二部:多目的室18:00~ 剣・杖

・2/5(木)18:00~ は当初 此花スポーツセンター(西九条)にて剣杖稽古を予定しておりましたが、西スポーツセンター(阿波座)の第二体育場を取ることができましたので、場所を変更させて頂きます。

・2/8(日)は、稽古を二部制に変更します。
15:20より 一部:合気道の稽古をした後、18:00より多目的室に移動して、二部:剣・杖の稽古をします。

井上

「お前、へたくそ」  森川祐子(清道館)

「お前、へたくそ」

 最近よく、向こうから森川祐子がやって来て、すれ違い様に“お前の母ちゃん出ベソ”と言うかのように、
「お前、へたくそ」
と言ってスタスタ行ってしまう。さすが森川祐子、そのとおりとは思うもののあんまりストレートなので腹立つし、傷付く。
「あ、ひと(他人)の技の批判したらあかんのに」
と言うと、
「ひと(他人)と違うからええの! あほか」
とひと言。くぅ〜。
「『うまくできなかったことも、できたように書き変えて、連想しなさい』って、先生いつも言うてるやんか」
と食い下がっても、
「それがでけへんこと、よう分かってるくせに」
と、にべもない。

 そうやんな、やっぱり“ヘタは稽古せにゃ直らない”というわけでせっせとお稽古に励むものの、毎回課題が見えて、見えているのに体が言うことをきかなくて、また私が向こうからやって来る。そんな繰り返しのこの頃だったが、つい先日ちょっとした“事件”が起こった。
 13年11月の内田先生の観世さんとのスイッチインタビューはきっと大勢の方が見られたことだろう。私もそのひとりで録画したままだったが、このままでは夫に消去されてしまうので、ディスクにダビングすることにした。“事件”が起こったのはその時。久しぶりに見た画面から流れる内田先生の言葉が初めて聞く言葉のように身体に流れ込んで来る。思わず何度も停止を押して手近のノートに書き留めた。
「自然の力を一回自分の身体に通すことによって、人間の世界に有用なものを実現させていくための技術。いくら筋力をつけても骨格を逞しくしても絶対に出せない強大な力を、自分の身体をひとつのパイプにして発動させていく、それが武芸だ」
 放映された時に聞いて感激したのはもちろんのこと、常日頃、井上先生からも教わっていることと違いないのだから初めてであるはずはないのに、この時この言葉は“心や頭にしみ込んでくる”のではなく、“身体の中の細胞を揺らす”感じがした。わけが分からないけれど、確かに身体中の楕円形の細胞が「そうだ、そうだ」と合唱している気がした。「それが合気道だ」と。興奮が収まってから考えてみるに、これはとてもシンプルに、稽古数の違いがさせたことだと思う。スイッチインタビューを初めて見た13年11月までの稽古数は25回、久しぶりに見た日までの稽古数はそれも含めて165回。確かに“身体で学ぶ”“身体を通してしか分からない”ことがありそうだ。
 私は長らく子どものおもちゃを販売する仕事に従事していたから、子どもの発達について少し学んだ。その際よく言われることの一つに、“子どもは手で学ぶ”というものがある。例えば形はめ。手の中にブロックを握り、重みを感じ、何度も何度も触って、角や丸みを感じ、長い短い大きい小さいを十分に手で味わった子は、ものの形という存在が分かって、穴にブロックを入れる。例えば積み木。手のひらで一つの木の固まりを味わって、もう一つ持って来て比べ、それらを並べて、積んで、崩して...を繰り返した子は、ものの成り立ちが分かって、さらに大きな構造物を造るようになる。手で学ぶことをおろそかにして知識偏重になると、いつか人はパンクする。それは、本当に身に沁みるようには分かっていないから。分かるということの楽しさが分かっていないから。
 これは子どもに限ったことではない。私自身、園の先生方に教具の使い方を説明する時、説明書を読んだだけではうまくいかない。実際にその教具で遊び、なにが起こるのかを自分で感じたら、相手に届く説明ができることを何度も経験した。そう言えば、凱風館を建てた光嶋さんのドローイング展を見に行ったとき、対談の席で、「旅先で建築物を片っ端からスケッチしました。・・・時間がなくて途中から写真を撮って帰った場合、スケッチした部分しか鮮明に思い出せません」というような意味合いのことを話され、あの時も子どものものの分かり方と一緒だと思った。
 話は飛ぶけれど、パリのいくつもの美術館で、模写している人が多いことに驚いた。松家仁之『火山のふもとで』の建築家の主人公が、卒業したての卵のとき、尊敬する先達の建てた教会を実測し図面に起こすくだりがあって、建築物そのものを“模写”するのかと、これも驚いた。創作者である画家や建築家と“模す”という行為に隔たりを感じたと言ってもいいかもしれない。でも、これも同じこと。“手で学ぶ”“身体を使って真似てこそ分かることがある”に違いない。模すために動かす一筆ごとに、線の1センチごとに、先達の表現しようとしたことが分かる“手がかり”があるに違いない。
 
 稽古のはんこが165個の今だから、25個のときとは違う分かり方があることを身をもって知った。私の意思と関係なく細胞レベルで分かったことは、忘れない。だから、やっぱり、稽古しかない。耳で井上先生の言葉を聞いて、目で動きを見て、時には先生の手や身体に触れて、頭と心にそれら全てを入れたら、今度は自分の身体を使って真似よう。すぐにはできっこないから、何度も何度も稽古しよう。はんこがもっと増えたら、もしかしたら原子レベルで分かることもあるかもしれない。今はへたくそだけど、もしかしたら“分かる”だけじゃなくて、“知らん間に勝手にできた”“動けた”と思えることもあるかもしれない。わくわくしてきた。

2015年稽古初め

2015年がスタートしました。

今日は、合気道 清道館の稽古初めです。
みなさん、今年も楽しくお稽古していきましょう。
よろしくお願いいたします。

昨日は、私井上が属する親道場、多田塾甲南合気会、改め、「合気道 凱風館」の稽古初めでした。
多田塾甲南合気会は、多田宏先生のご意向により、名称が新年度より「合気道 凱風館」に変更になりました。
これに準じまして、当会も正式名称を「合気道 清道館」としたいと思います。
すでに、「合気道 清道館」という名称ではありましたが、場合により「清道館」としたりと、今までは多少曖昧でしたので、これを機に明確化したいと思います。

年末の稽古納め・納会から、4日の新年会と、宴会続きでお疲れさまでした。
今日からまた稽古の日々が始まります。
我々の本分はあくまでも合気道の稽古です(宴会ではなく!笑)。
今日もまた健康で、皆で楽しく稽古できることに感謝して、一日一日を、一回一回の稽古を大切に。

では道場で会いましょう。

井上清恵