月別アーカイブ: 2014年8月

審査日程

審査日程が決まりました。

審査対象のみなさんは各自、審査日を決めて、井上までお知らせください。

審査日程は下記です。

9/2 朝 6:30~
9/4 朝 6:30~ 
9/5 夜 19:00~
9/12 夜 19:00~
9/16 朝 6:30~
9/18 朝 6:30~
9/26 夜 19:00~

井上

2014年 後期 審査対象者

みなさんこんにちは。

先日、凱風館の演武会に出たみなさんは、お疲れさまでした。

さて、今回も8月末か9月の頭から、3週間ほどの期間で昇級審査があります。

今回、審査を受けて頂くのは、下記です。
8/22(金)の稽古は12時~15時ですが、その後、15時から同じ場所で審査向けの特別稽古を行います。
審査を受けるみなさんはできるだけ参加してください。

佐藤龍彦 4級
岡田充広 4級
森川祐子 5級
植田麻衣子 5級
田中友希子 
大門一茂
上坂慶子
くし野一成

審査日程は後日お知らせします。

井上

「心中天網島」 井上英作

「心中天網島」

長く生きていると思ってみないことに遭遇するものだ。友人から、植島啓司先生が主催する講義の存在を知り、しかもその内容というのが1960年代の日本映画を題材に「男と女」をテーマにするとのこと。植島啓司と言えば、20代の頃、リブロポートから出版された「分裂病者のダンスパーテイー」を本屋で立ち読みをし、とても気になる存在だったのだが、当時の僕の知性では、太刀打ちできず、約30年の時を経て、友人を介して出会うことになったのである。僕は今回の講義のテーマに大変興味を抱いたが、連続講義で、毎週の参加は無理かなと思っていると、最後の講義だけ単独参加可能で、しかも題材は「浮雲」(@成瀬巳喜男)である。これは行くしかないと思い、すぐに申し込むと、直前でこの作品に変更となった。

本作は、1969年に篠田正浩監督が近松門左衛門の人形浄瑠璃「心中天網島」を映画化した作品で、天井桟敷他当時のアングラの才能が結集した実験的な意欲作である。人から「好
きな日本映画は?」と聞かれれば、間違いなく挙げる作品のひとつである。

映画は、冒頭、武満徹のガムラン音楽をバックに人形浄瑠璃の開演準備の様子が写しだされ、篠田監督と脚本を担当した富岡多恵子との電話でのやり取りが挿入される。このことは、これから始まる映画が虚構に過ぎないことを、予め観客に叩き込むことに成功している。この冒頭のシーンは、この作品を貫いている、ひとつの思想のメタファーとしてとても効果的だ。

さて、本編が始まる。主人公治兵衛は、橋の上を足早に急ぐ。こちらの世界からあちらの世界へ急いでいるのである。つまり、治兵衛は、死にたがっているのである。治兵衛は橋の途中で、僧侶に出会い、橋の上から心中した男女の死体を眺める(死体の周りには黒子がひしめく)。橋を渡り色街に繰り出すと、その街は、美術を担当した粟津潔が製作した浮世絵や大きな字が描かれた壁や床で構成された家屋、黒子(天井桟敷担当)たちがうようよいる、死臭が漂う、現実とはかけ離れたどこにも存在しない街である。ストーリーについては、これ以上詳しく話さないが、治兵衛と遊女小春との恋は成就せず、最後に二人は心中するという所謂心中物である。

近松門左衛門は、当時、実際に起きた心中をすぐに「物語」として変換した上で、一般の人に披露し、大衆もこれを受け入れた。このことは、「生」と「死」を二項対立として捉えるのではなく、大阪人の「死」に対する近親性の現れではないかと思う。換言すれば、「生」自身もまた、実際には存在するのかどうかは疑問で、この宗教的な大阪人の心性を、本作は、冒頭から見事に描ききっているといえる。
今回、この講義で題材にされた他の作品「赤い殺意」(@今村昌平)、「媛という女」(@今井正)も合わせて観てみた。これら3作品に共通しているのは、主人公が死を切望しているということである。かつて、大島渚は、インタビューで「あの時代に僕は死にたかった」と告白している。この3作品の中で、主人公が死ぬのはこの作品だけである。しかし、
「死」は「生」と対立するものではなく、「死」は「生」に内包され、同様に「生」も「死」に内包されているというのではないかという根源的な問いを、当時の才能を結集して表現したこの作品に、僕は共感するのである。

2014 kinorenma Aikikai d’Italia.(LaSpezia) 気の錬磨の稽古に参加して SAMOTO Izumi

2014 kinorenma Aikikai d’Italia.(LaSpezia) 気の錬磨の稽古に参加して SAMOTO Izumi

1.はじめに
イタリアからの帰り道、機内でビールを飲みながら、やっとひとりになれたなと思いました。出発からずっと誰かと一緒で、大きな温かい渦に巻き込まれるように、体育館での合宿、稽古場への移動の車、稽古、食事、ビーチ、COOP、常に仲間と過ごしていました。ひとりになって、多田先生のまわりに集う方々の温かい、親切、誠実、柔らかな、温泉に浸ったような時間を過ごしていたのだとしみじみ思いました。

そして、いま私の輪郭は、ぼやけているのではないかなと思いました。自他の境界が柔らかくなった感じ。いつもの私なら、何事も自分独りでなんとかやり遂げようとして、がむしゃらになるところを、手伝ってもらえますか?と知らない人にもお願いできるというか。甘えてるというのでもなくて、人と人が助け合うことを信じられる。

「命の力を高める稽古、そのための合気道」と多田先生はいつも仰います、今回の旅は、まさにそのことを実践している方々との出会いでした。

2.準備編
今年は自由になる時間があって、こんなことは社会人になって以来初めてなので、ラスペツィアの稽古に行けたらいいなと漠然と思っていましたが、4月の時点では無理かなと半ば諦めていました。5月の広島の講習会で多田先生が、広島の学生さん達に向かって「剣杖の稽古がしたければ夏にラスペツィアに来ればいい」と仰った言葉が心に残り、私は学生ではないけれど行ってみたいと思うようになりました。あと、道場でも11月のイタリア合気会50周年大会の話がよく出てきて、今年は節目の年なのだ、だからこそ行きたいと思うようになりました。

家族と内田先生と会社に「イタリアに稽古に行きたい」と言い出すまでにかなり悩みましたが、でも、いったん口にしてしまうともうそれは決まったことのように、あとはするすると進みました。

準備は、久しぶりの海外旅行の手配と、体育館で合宿の準備と、稽古の準備。旅行の手配は、飛行機と鉄道のチケットの手配と、現地で使える銀行カードを作ること、wifiや携帯電話について調べることなど。体育館での合宿準備は、寝袋や洗濯用品など、いろいろ妄想してあれもこれもと詰め込みすぎました。稽古の準備は、一の杖の組杖と、二の杖を何度か清恵さんに教えてもらって、手順を覚えました。一の杖は覚えていると思っていたけど、コンタクトバージョンになった途端に体が硬くなって、ちぐはぐになり、直前の特訓がなければ、稽古についていけなかったかもしれません。毎日、剣と杖を磨いて、朝と晩に呼吸法。ほんの短時間でも、続けようと決めて、出発の日を迎えました。

3.気の錬磨の稽古
イタリア合気会の稽古は2週間あり、1週目は気の錬磨と剣杖、2週目は体術と剣杖の稽古。私は日程の都合から、1週目と2週目の1日目の稽古に参加しました。

気の錬磨の週は、午前の稽古は、収気の法(特に、あ、う、お、ん)、笑う稽古、緊張弛緩で余分な緊張を取ったり、ネガティブな考えを呼吸で吐き出す稽古、鳥船、四方斬、クンバッハカ、数息観、瞑想、座禅、経行(歩く禅)、曲がらない腕、方向あて、色あて、呼吸の響きあて、振り子、想念を送る稽古など、呼吸法や瞑想をたっぷりとした後に、想念を送りあい相手と同化する稽古をしました。長い昼休みがあり、夕方からは呼吸法の後に剣杖のいずれか、剣(横面打ち四方斬の剣)・杖(一の杖、二の杖)をした後に、毎日、倍音声明の時間(1時間ぐらい)がありました。

稽古が始まると、多田先生の気迫あふれる御姿と声の響きに、日々背筋が伸びていくように感じました。多田先生は、初日は日本語で稽古をされたので、砂漠に落ちた水のように、先生のお言葉がすーっと身体の中に染み込んできました。二日目になると、多田先生のイタリア語が増えて、三日目以降は、ほとんどイタリア語になってしまいましたが、お言葉の中の数少ない日本語の単語から、お話しを想像して、音と体感だけで聴き、あとで、先輩方に話の内容を教えてもらいました。先生の仰るイタリア語の単語を覚えたいと思いました。

気の錬磨の週はお話しが多く、多くの方がノートを懐に入れて、メモを取っておられました。これはいい言葉だ、絶対と覚えておこうと思っても、多田先生が、次から次から大事なお話しをされるので、覚えきれないのです。溢れてしまうのがもったいない。なんとか記憶に留めたかったけど、今回は、感じることに集中したかったので、メモなしで行くことにしました。私は職業柄、メモを取り出すと、情報収集整理に集中してしまうので。

以下は先生のお言葉のメモ。個人的な記録として。

稽古では、
・尻の穴を閉めて、腹に気合を入れる
・響きを通す
・収気の法・安定打坐
を何度も何度も仰るので、本当にこれが一番大事なことなんだと思いました。

・収気の法
ダーラナ(集中)→統一・同化(ディアーナ)→三昧(サマディ)
          ↓
          禅と同じこと

・収気の法と気の錬磨をしっかりとやること。
宇宙のエネルギーを響きとともに身体に受け入れると断定して行う。

・ぱっと出してぱっと消す
ぱっと消すためには完成したものをはっきりと思い描かないと消せない。わかっていない
ことは消せない。技は個々にあるのではなく、全部繋がっている。

・心と身体の力みを取ること
剣や杖は道具ではない。素手と剣と杖は同じである。同化する。対立しない。手の内を柔
らかく優しく保つ。力んでいては繊細に扱えない。上等な手にならないといけない。笑う
稽古などで精神の執着からの解放。透明な心の状態を体感で覚える。

・「武道は技ではない生き方」だ、と大先生は仰った。
・この力を戦いや破壊のために使ってはならない。
・宇宙はuniverse空の星のことではない、宇宙を宇宙として有らしめている法則のことだ。
・自然はnatureではない、在りかたである。
・場を主催する。自分の研究室。
・気合は声を透明にする呼吸。温かく通る声。壊す声はだめ。
・職人技のように、技術ができて執着せず力が抜けて無心でやる、潜在意識に任せてやる。
・粗雑な言葉を使うな。初心の人にうっかり(粗雑な言葉を)使うと、一生傷つけること
になる。丁寧に上等な言葉で伝えること。
・人の悪口を言うな、人の技を批判するな、ネガティブなことは考えるな。
緊張弛緩の呼吸で、ネガティブなものを外していく(負の気持ちを外に出していく)稽古
・調身・調息・調心
・倍音声明 響きで宇宙の知恵と力を自分の身体に取り入れる。

気の錬磨の稽古は1日、1日、自分の身体が変わっていくのを感じました。腹から声を出せるようになったし、自分の声で全身に響きを通せるとはっきりと感じたのは初めて。倍音声明で、声が自分の身体の真ん中を通って、びりびりとした振動とともに、口から手から膝から全身から外へ出ていく感じ。自分の声が、長く深くなったように感じました。「い」の音では、脳がびりびりとして、視力が良くなったのでは?と思うぐらい、身も心も、すっきりしました。

全員で行う呼吸合わせと鳥船が、毎日どんどん、速く、長く、伸びて、大きな一つの生き物のように感じました。多田先生の俊敏で気迫漲る動きについていくのに必死でした。日本に帰ってから、内田先生の『日本の身体』の多田宏先生の章を読んでいたら、以下の文章があって、このことかも!と思いました。

内田先生:多田先生は足さばきとか、鳥船とか、大人数が一斉に同じ動作をするという稽
古法を、よくされるでしょう、足さばきも一人より四人、四人より十六人で同時にやる方
が、刺激が強いんです。ということは、たとえば自分が東西南北のどちらを向いているか
を把握する力も、人数が増えた方が強化されて、上方から鳥瞰的に見下ろすような感覚が
得られるのではないかと考えたり。

多田先生:それはそうですよ。「のる」という状態になる。どんなことでも大体そうです
けど、まずことの手順を覚えるんですね。それにすこしずつ慣れていくと、角が取れてく
る。すると角の丸い三角や四角はだんだんと円と同じ理合いになって、一つのリズムが生
まれてくるのです。そして呼吸法をよく行っていると、びゅーんと動きにねばりとノビが
出てくる。そのノビが出る時に相手(対象)と同化するんです。同化ですから、当然相手
と対立的な感覚はありません。相手と一つになると、湧出と言って、潜在意識の中から
習ったこと経験したことが融合されて新しい行動や発想が湧き出て、更にそれが元になっ
てより新しい世界が表れてくるんです。

気の錬磨で感じたことを言語化するのはとても難しく、自分も相手も身体が伸び伸びとして柔らかくなる感じをどう表現したらいいんだろうと考えていたのですが、帰国してから、多田先生ご自身のホームページに以下の文章を見つけました。この文章の「互いの五感覚の延長、拡大、同化と言ってもよく、特殊な呼吸合わせというものです」がわかりやすいと思いました。2週目の体術が始まったときに、自分の身体がすごく軽くて、伸びやかで、相手も同じように伸びやかで、こんなに同化できるんだ、と驚きました。

多田先生:テレパシーの練習は時間をかけて真剣に研究していかないと。イタリア合気会
でもそうとうに行って居ります。その為毎年1週間、呼吸法と、安定打坐とテレパシーの
基礎練習を組んだ講習会も行っております。イタリア合気会で、最初にこの種の稽古を
行ったのは、私がイタリアへ行って4年目の、ヴェネツィアで行った夏の合気道講習会か
らです。その時に始めて、「考えるのではなくて、感じる」稽古をした。考えることと、
感じとることの違いというのは、分かるようで、なかなか分からない。
イタリア合気会の道場では、その年から、この種の稽古を続けています。テレパシーの練
習といっても、いきなり人の考えている事が分かるわけではありません。むしろ互いの五
感覚の延長、拡大、同化と言ってもよく、特殊な呼吸合わせというものです。この稽古が
合気道の技に与える影響は、それは想像以上に良いです。動き全体の感じが滑らかにな
り、調和するように、なるんです。良く仕事等がうまく進行した時のことを「呼吸が合
う」、と言いますが、その感じが体にも表れて、第三者にもわかる様になります。この事
は、この練習を技と同化するように、常に行っている早稲田の合気道会員の稽古で、より
はっきりと出てきますね。

http://www.asahi-net.or.jp/~yp7h-td/busintai.html
「このインタビューは『東洋の身体・西洋の身体』(1994年度神戸女学院大学総合 研究
助成共同報告書・村上直之・渡部充・内田樹共編、1995年4月刊)に収録されたものであ
る。」

私には初めての稽古もあり、イタリア語は全くわからず、英語もうまく話せないので、多田先生が稽古の方法をイタリア語のみで説明されたものについては、組んでいただいた方に教えていただきました。うまくコミュニケーションできなかったこともありましたが、月曜日よりも火曜日、火曜日よりも水曜日、稽古が進むにつれて、当たりが増えていったように感じました。

凱風館の気の錬磨の稽古で、佐藤先生が「当たらなくても気にしなくていい」と教えていただいていたので、外れてもそれはそれとして次に集中しようと思えましたが、相手が当たったか当たらないかを気にされている様子だと、私の送り方が悪いのかもとすこし気になりました。でも、当たっても外れても、気の錬磨の稽古をすると、身体の芯から温かくなり、手がぽかぽかとして、おぉこの感じ!と思いました。この続きで、入り身投げや座技呼吸法をこの手でやったらいいだろうなと思いましたが、気の錬磨の稽古では技は一切やらないので、身体がうずうずしました。

方向あては、イタリア合気会の先生(ご挨拶されてた)と組んだとき、送った方向が全部当たったのに驚きました。私が、右かなやっぱり左、と迷ったところもそのように動かれて驚きました。

想念を送る受ける稽古で、私が受けのとき、あまりにもはっきりと一教が浮かんだので、自分が思いついたと思ってしまって、慌てて打ち消したのですが、あとで聞いたら、一教と送っていたとのこと。びっくりしました。自分で考えたのかと思うほど自然でした。それ以降の稽古では、自信を持って“感じること”にしました。

色あては多田先生から「止まったものよりも、動いているものをイメージして送った方が伝わりやすい」とご説明があり、いままで赤といえば、苺やトマトやスイカをイメージして送っていたのだけれど、救急車が走る姿や夕陽が落ちる情景を送ってみたけれど、うまく伝わらなかった。後で、イタリア人の女性が「赤といえば、ドレス。子どもの頃にみた、パーティでダンスしている女性の赤いドレスがくるくると回る姿を思い描く」と話してくれて、ほぉ、そんなのがあるのかと関心しました。そして彼女は「多田先生は海は青いと仰るけれど、私は海は白だと思う」とのこと、それを聞いて、私が見る色彩を他人も見ているのかどうか考えてしまった。カードが青が水色に近い色だったので、水色と銀色が間違いやすかったからかもしれない。色を伝えるのは難しいと思いました。

呼吸の響きあて(三人でやった)、は、その前日にパーティで芸をされた大道芸人の男性が同じ組で、私が送った呼吸の響きがほぼ当たったので、驚いていたら、二人の間にいた方が、彼は歌手だからねってウィンクしてくれた。呼吸の響きは、下丹田から、上に、う(下丹田)、お(腹)、あ(中丹田)、え(喉)、い(頭)に響かせるので、相手の身体のその部分に響かせるように念を送りました。気の錬磨の稽古では、響きあてが一番好きでした。

4.剣杖の稽古
剣杖の稽古も、とても楽しかったです。もともとは剣杖の稽古が受けたくて、イタリアまで行ったのです。午後の稽古の呼吸法が終わって、先生が「杖(あるいは 木剣)」と仰ったら、さっと杖を取って、皆、多田先生の近くを陣取るために走ります。最前列は、イタリア人の方がわっと場所をキープされるので、その後方の、先生が真正面に見える場所を目指しました。私は剣杖の稽古の経験が浅いので、先生のお姿を斜めから見て剣杖を振ると混乱しそうだったので、先生の真正面でかつ、上手な人の後ろを目指しました。だいたいダニーロさんの後で、彼の腕の角度や背中の動きを時々見て、参考にしました。ダニーロさんの背中は、肩胛骨から腕が伸びているようで、悠々と振っておられて、美しかったです。

剣杖の稽古でも、多田先生は「尻の穴を閉めて、腹に気合を入れる響きを通す、安定打坐」を繰り返し仰いました。手の内を柔らかく優しく保つのが一番難しかったです。尻の穴を締めると、下半身が安定して、剣杖の重さに持って行かれることがなくなりました。

以下は先生のお言葉のメモ。個人的な記録として。

・剣や杖は道具ではない。素手と剣と杖は同じである。同化する。対立しない。手の内を
柔らかく優しく保つ。力んでいては繊細に扱えない。上等な手にならないといけない。
・杖は生きているものとして持つ、
響きとともに宇宙の知恵を存分に働かせることができるような手になれ。
・一の杖A 優しく丁寧にはっきりと正確に。先生(A)ははっきりと弟子を導くように
怖がらせてはいけない。
・剣杖の小指の締めと尻の穴を締めるのを同時にするよう習慣付ける。
振り下ろした時に力まない。ぱっと呼吸で止める。

コンタクトバージョン(組杖で、より身近く構え、杖で練り合う・打ち合う)を知るまでは、一の杖のAとBは迷いなくできたのに、コンタクトバージョンで相手との間合いが近くなると、錬ったり、カンカンと打ち合うのに気が取られて、持ち替えを忘れたり、AとBが混じって間違いました。特に、組杖はBばかりを稽古していたので、自分がAをやる番はボロボロでした。Aが先に動くので、Aが失敗するとそこで止まってしまうので、ちゃんと出来るようにならなければと思いました。最終日あたりにちょっとマシになりましたが、もっともっと杖を振りたいなと思いました。

三日目にズッコ先生が来られて、多田先生が「ズッコ~、ズッコ~」と大きな声で呼ばれて、お二人で一の杖の組杖コンタクトバージョンをされて、とても優雅な杖でした。ズッコ先生の足捌きははっきりとしていて、他の人とは違いました。グループ稽古で一人がA、残りがBをするときに、丸い円ではなくて、一人に対して皆が向き合うような立ち位置で稽古しなさいと、ズッコ先生が言われました。まだ一の杖を覚えていない方が、Aの人の真横で、身体を歪めながら杖を振っていたからだと思います。Aをチェコ人のレネさん、Bの真ん中にズッコ先生が入られて、みんなズッコ先生の背中を見ながらBを振りました。真後ろから見るとズッコ先生の足捌きは、より大きくはっきりとしていました。

横面打ち四方投げの剣は、多田先生を見ながらだとできました。多田先生の流れるような剣につられるように、できたのですが、一人でできるのでしょうか。厭きるほど一の杖をすると聞いていたのですが、横面打ち四方投げの剣や、ニの杖もあって、盛りだくさんでした。

5.体術の稽古
体術の稽古は一日だけ参加しました。前週の、気の錬磨で帰ってしまったチェコ人達のかわりに、この週から参加される方も大勢いらして、特に男性の高段者の方が増えたように思いました。当初の計画では、気の錬磨だけ参加する予定だったのですが、清恵さんに「気の錬磨の週は体術の稽古はないから、気の錬磨だけで帰るのは身を引き裂かれる思いがするで、絶対!」と言われて、予定を一日延ばしていたのです。

かかり稽古が始まったら、自分の身体が羽根のように軽くて驚きました。受けも取りも伸びやかに楽しく稽古しました。諸手取りの呼吸投は、詰まってしまうことが多いのですが、持たせていても気にならず、尻の穴を締めて響きを通す、ぱっと安定打坐になる、ということだけ意識してやりました。

体術の稽古では、かかり稽古の時に、できるだけいろんな方と組めるように、移動しました。明らかに私よりも上段の先輩方も、日本人はお先にどうぞと、先に取り手をさせてくださったり、どの方とも気の結びを味わうように、楽しく稽古できました。天秤投げの時に、背の高い男性4人+私という組の時は、みなパワーがあるので必死でついていきました。稽古があまりにも楽しくて帰りたくなかったのですが、翌朝には出発するので、道場ではズッコ先生にお別れとお礼を言って、多田先生のお部屋に伺いお礼を言って道場を後にしました。

▽体術の一日目の稽古
諸手取の呼吸投、入身投、天秤投、四方投、一教、二教、三教
剣(振る 上段・中段・下段 よけて振る 上段・中段・下段
突く 上段・中段・下段 袈裟斬 上段・中段・下段
横面打ち四方斬の剣)

6.ドーポラボーロでの合宿編
さて、イタリアでの合気道合宿の魅力は、これまで書いてきた多田先生のお稽古ももちろんですが、イタリアはじめヨーロッパの様々な国から、多田先生のお稽古のために集まって来た合気道家たちとのドーポラボーロでの合宿が素晴らしかったです。

国鉄の福利厚生施設の古い体育館(ドーポラボーロ)に、畳がひいてあり、そこに寝袋や空気ベットを持ち込んで50人~80人ぐらいが整然と寝ていました。男女のカップルが仲むつまじく身を寄せ合って寝ていたり、男男のカップルもいたように思います。ムスリムの人がお祈りしていたり。隣が男性でも女性でも全然気にならないし、節度が保たれた居心地のよい空間でした。シャワールームとトイレは男女別であり、最低限のものでしたが、思っていたよりきれいで不便は感じませんでした。着替えはシャワールームで。大鼾の方がいると聞いていたので、行く前は眠れるか心配で耳栓も持って行きましたが、毎日すとんと寝落ちして不要でした。

毎日の生活はこんなかんじ。朝は5時頃に目が覚めて、前日の稽古をメモして、鳥の鳴き声が聞こえてきたらそっと起きて洗面器で道着を洗って、朝ご飯をのんびり食べました。8時にドーポラボーロから、車で稽古のある体育館へ移動、着替えて8時半ごろには稽古場へ。9時~12時が稽古。12時~16時30分までが休憩時間。この間にCOOPに行って食料を買い込み、ドーポラボーロに戻ってご飯食べてまた道場へ戻ったり、ビーチに泳ぎに行ったりしました。夕方の稽古は16時30分~18時30分、その後で、倍音声明が1時間ほどあり、だいたい延長していたので、稽古が終わってシャワー浴びたら、もう20時30分ぐらいでした。外が明るくて、夕方の17時ぐらいと錯覚してしまいましたが。ご飯を食べに行き、帰ってきたらもう23時を回っていて、そこから飲んだり、合気道の稽古ノートを付けたり、賑やかに夜は更けていきました。私はみんなと起きていたいけど、眠くて眠くてお先に失礼して寝ていました。

食事は、朝ご飯はドーポラボーロのカフェで。生オレンジを2個搾ったオレンジジュースは2ユーロで美味しかった。ヨーロッパの人は日本人みたいに朝ご飯をがっつり食べないのかな、カフェ+クロワッサンの人が多かったです。昼ご飯は、COOPで買いこんだ野菜や果物やチーズやハムやパンをしっかり食べました。野菜も果物も、日本のように柔らかすぎたり甘すぎたりすることもなく、苦みがあって美味しかった。晩ご飯は、ドーポラボーロの近所のピザ屋さんやナポリ料理の店や、毎日、美味しい店に連れていってもらいました。イタリアで食べたもの全て美味しかった。

ドーポラボーロから体育館までは、歩いたら小1時間ぐらいかかる距離で、車で来ている人に今日乗せてね!って頼んで乗せてもらいました。清恵さんが私の分も乗せてもらえるように頼んでくださって有難かった。清恵さんと春ちゃんは人気者で、いろんな人と友達ですごいなと思いました。彼女たちの周りに、どんどん人が集まってくる。柔らかい温かい楽しい渦のような場所にいさせてもらえて幸せでした、ありがとうございました。あーりんも今回が初めての参加でしたが、着いた1日目からもう、春ちゃん&あーりんはアイドルのようでした。とても可愛かった。うきさんも笑顔でみんなに話しかけて温かなオーラをまとっておられました。甲南合気会の先輩方の器の大きさを改めて感じました。

1週目はチェコ人のスュトゥルードゥリーンさんオタカールさんルカーシュさんの車に乗せてもらい、共に行動。彼らの細やかな気遣いに感激しました。彼らはジェラートが大好きで、毎日毎日食べてはりました。2週目はドイツ人のジェフェリーさんの車に乗せてもらいました。ジェフェリーは193センチもある大男で、とても優しい人でした。分厚い「古事記」を読んでいました。

稽古では、多田先生の日本語をイタリア在住の渡辺さんがイタリア語に訳されて、ヤコポくんがイタリア語から英語に訳することになっていたけれど、多田先生が乗ってイタリア語を話し始められると、渡辺さんの「迷いなく訳を挟む、間の手」がなくなり、多田先生のお話が止まらない。ヤコポくんがどこで訳を挟むのがいいか見計らっているうちに、お話がどんどん進んでいく、ということが多かったように思いました。イタリア語がわからない人達は、多田先生のお話をどう聞いているのか訊ねてみたら、やっぱり英語でないと難しいと言っていた。でも彼らも多田先生の稽古を過去に何度も受けていて、推測しながら聞いているようでした。そして、みんな稽古ノートを持っていて、空いた時間に「今日の多田先生のお話一つ忘れちゃったけど、何やったっけ?」と話が始まって、一生懸命書き留めたり、日本人に聞いたり、イタリア人に聞いたり、多田先生のお言葉を聞き逃さないようにと、熱心でした。ヨーロッパのいろんな国から、多田先生を慕って集まってくる人たちは、とても親切で温かく柔らかく知的な人たちでした。多田先生の、易しい言葉遣いだけれども、意味が深い言葉を(日本語、イタリア語)を必死に理解しようと、昼な夜なと語り合っていました。彼らの合気道への情熱に胸が熱くなりました。素敵な先輩が本当にたくさんいらっしゃいました。合気道という共通のものがあるから、私もこの場にいられるんだなと思いました。

内田樹先生がよく「僕はよく世界中のすべての人、70億人全員が合気道を稽古するようになり、その全員が名人達人の境位に達したときのことを想像します。そのとき、世界はどれほど住み易い場所になっているでしょう。そのような世界を作り出すこと、それが僕の最終目標です。できれば70億人に合気道を稽古してもらいたいと思っている。(みんなのミシマガジン 凱風館日乗 第1回 凱風館日乗)」と仰いますが、ほんと、そのときの世界はこんなのかなと思ったドーポラボーロでの合宿でした。

7.おまけ
ビーチで気付いたのだけど、ジョバンニさんは、中村天風先生の「今日、一日怒らず怖れず悲しまず、正直、親切、愉快に、力と勇気と信念を持って、自己の人生に対する責務果たし、常に平和と愛とを失わざる立派な人間として活きることを厳かに誓います」と、わき腹に日本語で入墨していて、こんな日本人はどこにもいないだろうなぁって思いました。彼が初めて気の錬磨に参加した年の秋に、彼のお父さんがなくなって、この言葉に本当に助けられたので、刻印したとのこと。いい話やと思うし、彼の、この言葉を身体に刻んで、その通りに生きようとしているところに感動しました。この言葉通りの人でした。

8.帰国してから
帰国後すぐの凱風館での稽古で、六方向の転換をしたときは、身体の響きが通じ合ってとても気持ち良くて、あぁ、これって呼吸法だったのか!と思いました。身体が軽くて、背筋もすっと伸びて、生まれ変わったような感じで1週間ぐらい過ごしました。自分の周りに良い“気”がまとわりついている感じがしたぐらい。

それが、帰国してから2週間経ったいま、効果はだいぶ薄れてきました。心の持ちようで、自分の身体がこんなにも違うということはわかっていても、常にポジティブな心持ちで稽古に挑もうと思っていても、居着いてしまう。疲れてくると「座っている時に背中が曲がってるよ。イタリアから帰国直後は、あんなにぴーんと背筋が伸びていたのに。」と先輩に注意されたり。元の木阿弥。ゆったりと呼吸して、気を錬って、あの感じを引き出せるように稽古して行きたいなと思います。

いまこの時期に、気の錬磨の稽古に参加できて本当に良かったです。合気道の明るい、温かなものに触れて、世界が広がりました。清恵さん、誘ってくださって、ありがとうございました。

8/10 本日のお稽古③

先ほど、TVのテロップに、「大阪で竜巻発生の可能性があります」
と出ました。

いよいよ危険ですね。
さすがに来る人はいないと思いますが、万一こちらに向かっているという人は重々注意してください!

8/10 10:00am

大阪市では9:30の予報で、大雨洪水警報が追加されました!
ますます雨が激しくなってきました。(風はそうでもない)

もし来る場合は本当に気をつけてきてください!
11:00ごろに再度アップします。
井上